両親への挨拶
私達は、王都の別邸を訪れた。
案の定、両親は私達の姿をみるやいなや、ニコニコで迎えてくれた。
しかしアルト様は深読みをしたのか、青ざめた顔で案内されたソファの端に腰を下ろしている。侯爵家の一人娘に対し、全校生徒の前で口づけしてしまった事をとても重く見ていることが分かる。
けれど、父と母の反応は、アルト様の予想とは正反対のものだった。
「アルト君、よく来てくれたね。エレオノーラもだ。もうすぐ卒業だね、おめでとう」
「おめでとう。こうして二人でお顔を見せてくれるなんて嬉しいわ」
「それで、やっと本格的に婚約と言うことでいいのかな?」
お父様はいつもの静かで穏やかな、けれどどこか楽しげな笑みを浮かべている。母に至っては、好奇心に満ちた視線をアルト様に注いでいた。
「…お二人とも。……怒って、いらっしゃらないのですか?」
震える声で問いかけるアルト様は、小動物のように可愛らしい。
すると父はふっと口元を緩め、隣に座るお母様に目配せをして更に笑った。
「怒る? あぁ、行いとしては良くない。一般的にはそうだろうね。しかし、私達にとっては昔を思い出す知らせだった」
「ええ、そうね。思わず笑ってしまったもの」
「……ど、どういうことでしょう?昔を思い出す…とは?」
アルト様が呆然と声を漏らした瞬間、お母様が鈴を転がすような笑い声を上げた。
「私達も似たようなものよ」
それは、私も初めて知る両親の昔の話だった。
若かりし頃、学園に通うお父様とお母様。お父様は相変わらず病弱だったそうだ。お母様と相思相愛であることは自覚していても「君のような輝かしい女性を、私のような病人に縛り付けるわけにはいかない」と、何度も、何度も求婚を断り続けていたそうだ。
当時は、妹夫婦に侯爵家を任せるべきだと考えていたそう。
しかし、お母様は諦めなかった。何度もお父様と共に歩む計画を口にしてはお父様を困らせていたそうだ。
「だって、この人も私に好意があると言うのよ?好きな殿方と想い合っているのに離れる選択肢などないでしょう?」
「そうですね、お母様」
「そうなの!何度断られても、私は諦めませんでしたわ。だから、学園の中庭で、大勢の生徒が見守る中、私から口づけをしました」
「「……っ!?」」
私とアルト様の驚愕の声が重なる。母の、あまりに情熱的で――そして恐ろしいまでの行動力。
「その場で叫びましたのよ。『これで私は、貴方以外の男性と結婚できなくなりましたわ! 責任を取って、一生私の傍にいてくださいませ!』って。ふふ、あの時は真っ白になって固まっていらしたわね?」
「……ああ、思い出すだけで今でも心臓が止まりそうだ」
父は困ったように眉を下げて笑いながらも、その瞳には母への深い愛情が溢れていた。
「娘がアルト君を想っているのは知っていた。だから学園からの噂を耳にした時は『娘がアルト君に迫ったのではなく、アルト君が?』と、2人で噂がどこまで本当なのか困惑したものだ。きっと娘が迫ったんだろうと私達では思っていたんだがね」
この母親の娘だからやりかねない、と思っていたということか。父の視線が、私に向けられる。アルト様はと言えば、もはや魂が抜けたような顔で天を仰いでいた。
「…申し訳ございません。私からです…」
「気にしなくていい。似たようなものだ。こうして責任を取ってくれるのだから問題はないよ。」
ポツリと漏らしたその言葉に、私は思わず噴き出してしまう。しかしアルト様は真剣な表情で姿勢を正した。
「私は、私の持つ全てを殿下と、そして侯爵家に捧げる覚悟でおります。……ですから、どうかこれからは、お心置きなくお体をお労りください」
驚いたように目を丸くする父に、アルトはさらに深く頭を下げた。
「……もちろん、私などはまだ若輩の身です。閣下が守ってこられた領地を、私一人ですぐに守りきれるなどとは思っておりません。妻となるエレオノーラ様と、閣下のご指導があってこそ、私は初めて全力を尽くせると考えております」
「ははっ、そうか。」
「ありがとう…本当にありがとう…アルト君」
なんだか、私だけ置いてけぼりになって両親とアルト様の絆が深まっている。
「…お父様、お母様。アルト様は私の夫なので、私より仲良くなられると妬いてしまいます…」
「嫉妬深いな、エレオノーラは」
「あら、ごめんなさい。とてもいい子だから。」
嫉妬に頬を膨らませる私を、両親は心底幸せそうに眺めている。
アルト様も少し照れくさそうに、けれどやっと肩の荷が下りたように、深く息をついた。




