モテない理由
アルト様は相手を睨みつけながら、力の入らない私の体を支えるようにして手を貸してくれる。
「もう大丈夫です。俺がいます」
「はい…」
その瞬間。
背後から重く、凛々しい声が響き渡った。
「これほど醜い騒ぎが起きるとはね…」
その場にいた全員が、弾かれたように声の主を仰ぎ見た。
そこには、眉一つ動かさず、冷ややかな視線を男子生徒に向けているラインハルト殿下の姿が。
「ラインハルト殿下……!」
男子生徒の表情から血の気が引いていく。
殿下はゆっくりと歩み寄ると、まず膝をついて私を支えているアルト様に視線を向けた。
「アルト、状況の説明を」
アルト様は私を気遣いながらも、鋭い口調で報告を始めた。
「はっ。私が駆けつけた際、この男子生徒がエレオノーラ様を力ずくで拘束しておりました。エレオノーラ様は明確に拒絶の意思を示すも、私の姿を見るまで離す事はございませんでした。この場に、警備の兵士がいない事。そして現場を見ていた生徒が助けを求め走った事から察するに、極めて悪質です」
アルト様の報告を聞くにつれ、殿下の周囲の空気が凍りついていく。殿下は、後ろに控えていた護衛騎士に命じた。
「……話にならんな。この無礼な生徒を、即刻学園長に突き出しておけ。我が国の品位を汚す不届き者だ。公爵家には私から直接沙汰を下す」
「なっ……! ま、待ってください殿下!」
護衛に腕を掴まれた男子生徒が、半狂乱になって叫んだ。
「そいつの報告は嘘だ。僕は嵌められたんだ!彼女と楽しく話していただけで!」
男の叫びは、殿下の冷笑にかき消された。震えが止まらない私の肩に手を置き、殿下は男を見据える。
「ならば、今度は私と話をしよう。彼女のように、腰を抜かし震え上がるほど『楽しい話』をな」
氷のように冷たい微笑。
「も、元はと言えば…… 彼女への縁談を殿下が握りつぶしたからじゃないか!打診さえできれば、こんな強引な真似をしなくて済んだ!」
その言葉に、私は唖然とした。そんな話…一切聞いたことがなかったのだけど?殿下が握りつぶしていた?…なんでそんな事を…
考えても、その理由が分からない。
「当たり前だろう。侯爵家はこの国を支える要だ。そのような重責を担う家に、お前のような男を婿に薦めるなど、あってはならない。」
ポカンとしながら私が殿下を見上げれば、彼は優しく微笑んでくれた。
「他の公爵家も侯爵家もだ。エレオノーラ嬢の隣にはアルト以外に適任はいないだろう??」
「え」
「え?」
衝撃の事実が判明した。
殿下はアルト様と結婚させるつもりで私への打診を握りつぶしていた…若しくは圧力をかけていたと??お父様はそんな事をひと言も言っていなかったのだけど…
「…そのおつもりなら…なぜ今までアルト様との婚約を勧めなかったのですか!?」
「可能なら親睦を深め、想い合い、結ばれるのが理想じゃないか。それに二人が断りにくい『格上からの縁談』を潰していただけでね。まさかエレオノーラ嬢がアルトの家に打診して、伯爵家当主が長男を勧めるとは思いもしなかった。」
「な、なるほど…?」
「私の想定では、中等部で恋仲になり婚約するだろうと思っていたのだが…」
「それは…だいぶ予定が遅れましたわね…」
殿下の話で震えが収まったけれど、私達はどこまでも殿下の掌の上で転がっていたのかと不思議に思う。困惑する私達に殿下は思い出話をするように上を見る
「思えば、アルトと初めて接触した…ピアノの発表会の時だったか…。あの時、『アルトはエレオノーラ嬢が好きなのだろうな』と感じたんだ。それで、ちょうどいいな…と」
「「そんな前の話ですか!!」」
私達は、殿下の中で10年前には結婚が決まっていたらしい…。しかし、その言葉にアルト様が反論する。
「待って下さい殿下!?俺がノーラ様を好きだと自覚したのはつい最近だと貴方も知っているでしょう!?」
「自覚したのは、だろ?アルトは無自覚にエレオノーラ嬢が大好きだったからな」
「まぁ♪」
さっきまでの恐怖はどこへやら…私はポッと頬に熱が集まる。
「無自覚に!?そんな、どの辺りで察すると言うのですか」
「大体は察するさ。父上…国王陛下に伯爵家のアルトと侯爵家のエレオノーラは結婚が可能か聞いたら『あぁ、相思相愛だろうから将来的にはするんじゃないか?』と仰っていた」
威厳ある国王陛下は、殿下とそんな軽い感じで話すんだ…と思った。しかしアルト様は理解できない!と言いたげな顔をしている。
そうしてワイワイ話す私達を遠くから警備兵に押さえられた生徒が見ていた。
「そんな……そんな勝手なことが許されるなんて…人の心を何だと思って」
「散々、家格を盾に言い寄ってた貴方が人の心を語るなんておかしな話っすよ」
アルト様が冷静に言うと、騒ぐ男子生徒を、殿下は冷酷な目で見下ろした。
「許されるさ。私はこの国の次期国王だから、身の回りのことに関しては慎重なのだ。それに、君は夜会でなら話す機会があったはずだ。なのに今までエレオノーラ嬢の心を掴めなかったのは君の責任さ。私はエレオノーラ嬢から出される打診には口出ししないと決めていたからね」
「っ!!」
ぐったりと項垂れた彼は、警備の兵士達に引きずられていく。そうして裏庭に静寂が戻った。
先ほどまでの緊迫感が嘘のように、頭上では鳥がさえずり、桜の蕾が今にも弾けそうに膨らんでいる。
私はアルト様に支えられたまま、ふう、と深く息を吐き出した。
「客観的に見ると、そんなにも前から私はアルト様が好きだったのですね。」
「それは、俺もみたいですけど」
「ふふっ」
嬉しくて彼に寄り添えば、彼の支える力は強くなる。
「まさか…俺がモテなかったのって…殿下のせい…おかしいと思ったんすよぉ~。他の側近候補達はモテモテなのに俺だけ…」
アルト様が、そう呟くのが少し面白くて笑ってしまう。
「私は、そんなモテない貴方が好きですわ」
「うぐ…」
「モテモテでしたらきっと…諦めてしまっていたもの」
「ぁ、諦めないでくださいよ」
彼にとって、モテたいという願望が叶わなかったのは悲しい事かもしれない。でも、殿下の配慮が無ければ恋愛に鈍感な私達がこうして寄り添う事も無かったのだろう。そう考えると私は殿下に感謝でいっぱいになる。
「それに、少し前…サティとお兄様のデートの時期の事です。アルト様はとてもモテていましたよ?」
そう聞くとアルト様は首を傾げた。
「…そうでしたか?記憶にないんすけど」
「もぅ…あの時、私がどれだけ焦っていたか分からないでしょうね」
彼女達に対して何の感情も浮かばず、覚えてすらいない事に安堵する。けれど、あの時にモヤモヤした気持ちを思い出し少し胸が痛い。あの時は、本当に誰かに取られてしまうと焦っていたから。
「俺は、兄上とノーラ様と縁談が順調ではないと知ってから…ノーラ様の事で頭がいっぱいで…」
そう自分で言ってから、ハッ!としたように私を見る。
「俺…ノーラ様のことだいぶ前から好きじゃないっすか!?」
自分の言葉に、何かの大発見かのように驚く彼。
その純粋な驚きの言葉にまた笑ってしまう。




