卒業間近の賑わい
卒業式まで、あと数日。
学園はどこか浮き立つような空気に包まれていた。
卒業生たちは在校生に教科書や筆記用具、制服の予備などを譲る恒例行事に追われ、中庭はまるで市場のような熱気に満ちている。
成績優秀者から受け継いだものを使えば成績が上がる……とか、美しい生徒から貰ったものを身につけると美しさが上がる!とか、それぞれの生徒達はジンクスを持っている。
私は、この恒例行事とは無縁だと思っていた。
「エレオノーラ様、そのノートを下さいませんか……!」
「私には、こちらのペンを……!」
「落ち着いて下さい…順番にお渡ししますからね?」
四方八方から伸びる手に囲まれ、私は思わずたじろいだ。
(……学園でこんなに下級生に話しかけられるなんて。)
私はずっと、自分は声をかけられにくい存在だと思っていた。侯爵家の一人娘で跡継ぎだから、家を汚すような振る舞いはできない!と少しピリピリしていた自覚はあったから。
けれど——。
アルト様が学園中の視線の前で私に口づけた、あの日。
あれ以来、私に向けられる視線はどこか柔らかく、親しみを帯びたものに変わった気がする。生徒指導行きとなった私に親しみが湧いたのかもしれない。
考えている中でもサティが私の腕を引っ張り、在校生の列を整理してくれる。
彼女の采配で、なんとか混乱は最小限に抑えられていた。
そんな中——。
「エレオノーラ嬢!」
男子生徒が勢いよく駆け寄ってきた。 息を切らし、顔を真っ赤にしている。
その生徒の姿をよく観察すると、公爵家の次男だと分かった。時折夜会でも話す機会が数回あったのを覚えている。
「どうされました?」
「今、エレオノーラ嬢の品物を下級生へ分け与えているんですよね?僕にも……君の……制服を……くれないか!」
「……制服?」
思わず聞き返すと、男子生徒はさらに顔を赤くし、しどろもどろになる。
「…っ、……家格の低い知り合いの娘が……!来年入学するので…エレオノーラ嬢の制服なら喜ぶと考えて…!」
「制服は高価ですものね。予備としてあれば安心だと思いますし…。では後日お渡ししますね?」
「は、はいっ!!明日裏庭で頂けますか?」
「裏庭…ですか?分かりました。」
そう返事をすると、男子生徒は去っていった。
何故裏庭なのか…まぁ、深く考えても仕方ない。この学園の裏庭は教師の目が届きにくいこともあり、警備の騎士が常にいる場所だ。陰湿なトラブルを防ぐためのそれは、安全な受け渡し場所とも言える。
しかし…気になるのは公爵家の人間だというのに「家格の低い娘」への贈り物が私のお下がりの制服だと言うことだ。
「自分がプレゼントしたほうがカッコいいのに…。」
もしかするとその令嬢が私の制服を欲しがっているとか?
……まさかね?わざわざ私の物を求めるなんて…それもあり得ない気がする。
少し首を傾げたが、深く考えるのはやめた。制服は高価だから、貴族であっても貰えるなら欲しいという者も多い。その制服が公爵令嬢である私の物となれば馬鹿にする者もいないのだろう。
こうした、高価なものを譲るのも卒業生の務めだと考えた。
——そして後日。
私は約束通り、予備の制服を男子生徒に渡すため、指定された学園の裏庭へ向かう。
しかし、おかしい。
そこに常にいるはずの警備の姿が見えない。休憩中?いや、交代が必ずいるはず。ならば、何かのトラブルを仲裁中なのだろうか…
中庭に入ってから、その異変に気がついてしまったものだから、相手には既に私が来た事がバレてしまった。
咄嗟に、中庭で休む他の生徒達数名の位置を確認し、その人に近づいた。
「エレオノーラ嬢……! 本当に……ありがとう!」
仕方ない…さっさと渡して帰ろう。
私が紙袋に入れた制服を、男子生徒に渡す。男子生徒は制服を受け取ると、まるで宝物のように胸に抱きしめた。
「大切にします……!」
「どういたしまして。その子が楽しい学園生活を送れるといいですね」
彼の様子を窺うと、その目は潤んでいて感激のあまり震えている?そんなに喜ばれるなら約束をしてよかった…と微笑んだ。
そして——。
「……あの時……キスの時のお顔……
とても……可愛らしくて……忘れられません……」
「??」
「エレオノーラ様は、ああいう強引な感じがお好きなのですか?実は…人に見られると興奮するとか」
「興奮?」
突然の言葉に、私は思わず後ずさった。
え?それは…ちょっと。
それに、私は彼の言う家格の低い娘へ制服を譲ったのだ。それなのに私の制服を大切そうに抱きしめる姿にぞわりとした。
どう返事をすればいいのか分からず、口を開きかけたその瞬間——。
「エレオノーラ様。僕がずっと貴女をお慕いしていたのをやっぱり気がついていたのですね。」
「な、何のことでしょう!?」
「隠さなくていいんです。あの時…殿下の側近にキスされて傷物になったとお考えでしょう?でもそんな事はない。僕が貴女の…侯爵家の婿となります。僕が上書きしてあげますから」
そう言われ、後ずさるのに相手は気にせずこちらへ距離を縮めてくる。
私に迫る人って、
ろくな人間がいないんだから!




