キスって…(アルト視点)
再び訪れた話し合いの機会。
夕暮れに染まる中庭のベンチに腰を下ろし、しっかりと話し合える姿勢を取った。
ノーラ様との間に流れる空気は穏やかで、会えない間の報告などを済ませる。
(今なら話せるかもしれない…婚約が既に成立していることを!)
後は、切り出すタイミングだけだ…と考えていたら、彼女が意を決したように言葉を切り出した。
「アルト様。私、結婚した後は領地で暮らそうと思います。お祖父様やお父様と共に運営を完璧に整えますわ。そうすれば、貴方は王都で殿下の右腕としての仕事に専念できるでしょう? 王都での社交の日は、私もこちらに訪れようと思うのですが…いかがでしょうか」
……ん?
一瞬、思考が停止してしまった。
エレオノーラ様が、既に婚約したも同然に話を進めるのは嬉しい誤算だが…
この提案を喜ぶとでも思っているのだろうか。
もしそうなら、それがどうしようもなく不服でならない。
彼女の表情を見ると、少し誇らしげで「名案でしょう?」と思っているのが察する事ができる。俺は、柄にもなく…あからさまに不満を漏らしていた。
「……ノーラ様。それ、本気で言ってるんすか?」
「ええ。アルト様の負担を最小限にしたいのです。前に見かけた貴方は…とにかく心配になるほどお疲れの様子でした。私と結婚することで更に重荷を背負わせるのは避けたい…。それに…貴方は王宮の政務でその才を発揮すべきだもの」
とても心配してくれている事は理解した。俺はベンチから立ち上がると胸の奥がちりちりと焼けるような、情けない独占欲が口をついて出る。
「…心配して下さるのは…素直に嬉しいです。…だけど、離れて暮らすなどノーラ様は、俺の事を好きだとか言っておいて、必要としていたのは俺の『優秀さ』だけだったってことっすか?」
「えっ? そ、そんなことは……!」
「俺が計算高い男なのは認めますけど、何でもかんでも『効率』で割り切ってると思わないでください。……俺は、ノーラ様に傍にいて欲しいんです。」
柄にもないストレートな言葉に、彼女が呆然と固まる。顔が熱くなるのを感じながらも、止まらなくなった文句を並べ立てた。
「ノーラ様の判断が必要な事柄があったとしても、俺の傍でやりゃあいいんです。足りない分は全部俺が担いますよ。お義父様たちのサポート体制だって、もう頭の中で構築済みです」
「そこまで?」
「当たり前です。俺の隣で一緒に予算案や対策案を眺めて、たまに休憩に付き合ってくれる貴女がいない生活なんて…、俺にとっては非効率の極みなんすよ。心が枯渇して、仕事のパフォーマンスが劇的に落ちます。……いいんすか? 俺が使い物にならなくなっても」
「アルト、様……」
「傍に…いて下さい」
切実な想いを口にしたその瞬間、彼女の目がハッと見開かれた。彼女に対する俺の言葉から「意図」を導き出したようだ。
「……! という事は…」
「え? ……分かってくれました?」
ようやく俺の気持ちが伝わったのかと安堵しかけたその時。彼女は拳をぎゅっと握りしめ、とんでもない結論を宣言した。
「子供が早く迎えられますね!私達もずっと元気とは限りません。早めに子を授かり、後継者の育成に専念するというお考えなのですね」
「…………は、はぁぁあああああ!?」
声が裏返った。感動的な余韻が、文字通り木っ端微塵に吹き飛ぶ。
「ち、違う! 違いますよノーラ様! なんで俺の情緒的な訴えをそう変換しちゃうんすか!?」
「違うのですか?先のことまでお考えの様子だったので…」
彼女は、頬に手を添えながら照れるように首を傾げている。可愛い。
しかし…いくら可愛くても、しっかり言わなければならない事がある。
「順序が! 過程が飛ばされすぎっすよ!」
「…まぁ」
「俺が言いたいのは、夜に二人でお茶を飲むとか、散歩するとか……そういう、ただの男女としての時間が欲しいってことで……っ! 跡継ぎの話なんて、もっと後でいいんすよ!」
しどろもどろで説明すると、彼女はようやく俺の顔が茹で蛸のように赤いことに気づいたらしい。遅れてやってきた羞恥心に、彼女も頬を朱に染めた。
「す、すみません……私、気が急いてしまって。そ、そうですよね、お散歩から、ですね……っ!」
そう、まずはお散歩からだ。
俺達はその辺をまだ堪能していない。俺の言い分を理解してもらえたようで胸を撫で下ろした。




