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モテないと騒ぐ君が好き。  作者: かたたな


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エリザのお話



 


 商家の娘として生まれた私、エリザの周囲には、常に「望むもの」が溢れていた。最新のドレス、異国の菓子、そして自分を称賛する使用人たちの言葉。手に入らないものなど、この世には存在しない。そう信じて疑わなかった。


 父は他家には真似できない独自の入手経路を持ち、王都の流行は常に父の倉庫から始まった。私はその倉庫を「自分の宝箱」だと思っていた。


 ある日。


 倉庫の奥で、美しい髪飾りを見つけた。繊細な金細工に、深海のような青い宝石。それは、これまで見てきたどの製品よりも輝いていた。


「お父様、これ、貰って良いわよね?」


 いつものように「仕方ないな」という甘い言葉を期待した私に、父は見たこともない厳しい表情で首を振った。


「その髪飾りは侯爵令嬢のものだ。触れることも許されない」

「……じゃあ、同じものを取り寄せて」


「これは一点物だ。その職人は『エレオノーラ様のためなら』と、了承してくれたんだ。同じものは二度と作れない」


「なによそれ…みんな貴族の言いなりなんだから」


「あの家は特別さ」



 その日から、ずっと、この時の手に入らなかった髪飾りの事が頭にあった。


 それでも、私には手に入るものばかり。

 他の品で手に入らなかったものの隙間は埋めていった。


 ある時期になると、貴族の通う王都立学園への進学を勧められた。学園への多額の支援で許されたそうだ。商売相手となる貴族と交流し、人脈を築き、教養を身につけなさいと言う。そして熱心に求愛してくる伯爵家の長男へ失礼のないように、更に親睦を深めろと言われていた。


(馬鹿馬鹿しい。既に彼に愛されているのよ? 私ならもっと上を目指せるわ)


 狙いは、もちろん第一王子ラインハルト様。


 私は可愛いから、機会さえあれば絶対に気に入られると思っていた。しかし、接触を試みるたびに、多くの令嬢に阻まれた。


 彼の視界に入ればきっと私を気に入る…と思っていたのに、挨拶をしても手を挙げて答えるだけ。


 足すら止めない。


 何でよ!私はこの学園の誰よりも可愛いはずなのに…

 イライラする。みんな澄ました顔して自分が上みたいに…


 そんな時、朗報が届いた。


「侯爵令嬢のエレオノーラ様が、伯爵家へ婚約の打診をしたそうだ」


 そう言ったお父様は、私と彼の縁が無くなるのでは?と項垂れていた。


 でも私の気持ちは違う。


 あの髪飾りを私から奪ったエレオノーラが、今度は私のキープしている男を欲しがっている!


(私のことが大好きな彼が、あんな女を選ぶはずがないわ。私の方が上なのよ、貴族の令嬢よりもね!)


 それは今まで感じたことのない優越感だった。

 特に何も得られなかった学園生活が、楽しいものになった気がした。自慢の指輪を見せつけ、彼女を「家格だけの哀れな女」と嘲笑った。エレオノーラが困ったように視線を伏せるのを見て、優越感は絶頂に達した。



 そして、誕生日パーティーで、最高の演出を用意した。



 かつてエレオノーラが捕獲に関わった「鳥」を使い、彼女を「嫉妬に狂った襲撃犯」だと告発する。証人もいるんだし、言い逃れなんてできない。これで彼女の名誉は地に落ち、侯爵令嬢に嫉妬されるほどの人間だと、私の価値を世間に認めさせられる。


 悲劇のヒロインとして伯爵家へ嫁ぐはずだった。

 

 だってあの時、私には見えた。

 彼女があの「髪飾り」をこれ見よがしに振りかざし、鳥に合図を送っている姿が。


 証拠となる鳥の行方も見届けた。すると、彼女たちが去った後、そこへ飛び込んできたのは一人の薄汚い男。



「その鳥は俺の鳥だ! 育てた鳥を売ったら悪用されたんだ、返してくれ!」



 私にとってはチャンスだった。決定的な証拠を掴めると。



「その鳥を買い取ったのは……侯爵令嬢のエレオノーラ様ではありませんの?」



 男は一瞬、きょとんとした顔をしたけれど、卑しい笑みを浮かべて頷いた。



「そ、そうだ! その通りだ! だから鳥を返してくれ」



 警備兵たちは「調査が必要だ」と言って鳥を返さなかったけれど、私は影で男に金を握らせて命じた。



「いいこと? あの鳥の飼い主だったなら隙を見て合図でも何でも送れるでしょう? あの鳥を取り返したら、すぐに私のところへ来なさい。その時は、もっとたっぷりとお礼をしてあげるわ」



 完璧なはずだった。


 誕生日パーティーの当日、男は確かに私の筋書き通りにエレオノーラを指差した。けれど、全ては未来の義弟となる人物によって崩れ去った。


 結局、あの薄汚い男は、自分の鳥を回収するために嘘をついただけ。エレオノーラが鳥を操っていたなんていう私の「直感」は、ただの妄想で終わった。




 私の生活は、あの日を境に真っ逆さまに転落した。




 いつも好きな時間に起きていたのに、今では両親と同じ時間に起こされる。指先がインクで汚れるのも構わずペンを走らせた。


「今まで、お前を甘やかしすぎた。これからは商会の人間として扱う。働いた分だけ給料はやる。しかし、それ以外の金も物も渡さない。」

「そんな…」

「やる余裕もないんだ。エリザに従業員として給料を渡すことこそが、唯一お金をやる手段なんだ。侯爵家の寛大さで今まで通りの生活が保証されたが、機嫌を損ねれば更に状況が悪くなるだろう。我々は誠意を見せなければならない」



 あんなに優しく、何でも叶えてくれたお父様もお母様も、今は仕事ばかりで厳しい。倉庫の冷たい空気の中で、膨大な在庫を確認し、他の従業員と共に業者への連絡を済ませる。



「お父様、お母様……終わりました」



 震える声で報告すれば、以前なら「よくやったね」と微笑んでくれただろう。こんなにも頑張ったのだから。けれど今の二人は、私の顔も見ずに帳簿をめくる。



「そうか。じゃあ次はこの業者に連絡を。」



 期待した「休みましょう」という言葉は降ってこない。私はしょんぼりと肩を落とし、冷え切った作業机へと戻る。喉の奥がツンとするけれど、泣いたところで仕事は減らない。




「……慣れない作業で疲れてるだろう?」


 カサリ、と音がして、視界の端に何かが差し出された。

顔を上げると、そこには私の「監督役」であり、夫となった彼がいた。彼は周囲の目を盗んで、こっそりと私の手に小さなクッキーを握らせた。



「これ、厨房からもらってきたんだ。少し休んだらいいよ」

「……うん」



 私はクッキーを握りしめた。

 正直、こいつは本当にバカだと思う。

 あんなに見当違いで侯爵家に牙を剥き、あわや家を潰しかけたような女。


 そんな私のどこがいいのか。なぜ今も、私といれば世界で一番幸せだというような、あどけない顔で笑っていられるのか。



「……美味しいわ」



 ボソリと呟くと、彼は「よかった」と、自分のことのように嬉しそうに目を細めた。



「あんたみたいな人間が…何で私なんかを選んだのよ」

「?」



 一生、侯爵家の利益のために働き続ける生活。彼は…いや、夫は私を切り捨てればもっと良い生活が出来たはずなのに。



「それは、君の側にいると、僕も我が儘になれるから…かな」

「はぁ?バカにしてる?」

「バカにはしてない。」



 夫は自分の指先を眺めながら話す。



「僕は、常に両親の意見を聞くように教育されてきたし、それが当たり前だと思っていた。でも自分に素直に生きてる君を見ていると、自分の本当の気持ちや考えを思い出す時がある…それが、僕は僕としてちゃんと存在するんだと感じる」


「…あんたは最初からそこにいるじゃないの。幽霊だとでも言うの」


「幽霊よりは…人形に近い。そこにいるだけ。自分の意思では動けない」



 夫は、昔を思い出すように天井を見た。



「弟…次男は無口でね。喧嘩とかしなかった。とにかく剣術が好きで、僕に負けると一層頑張って訓練していた。今では勝てる気がしない。」

「そうね、なんか強そうだったもの」

「ああ、それで三男はあの通りだ。僕達から見様見真似で学んだのか要領がいいし天才だ。力で僕達には敵わないとなれば、どんどん正論で追い詰めてくるようになった。今では口でかなう気がしない」

「それはそうね」


 アイツがいなければ、と今でも思う…口には出さないけれど。このバカな夫の口調から弟達が嫌いでない事は分かるから。



「そうして、僕が勝てるのは『従順であること』だけになった。でもエリザ、君と初めて会った時『何て我が儘な人だ』と思った」

「酷い悪口ね…」

「はははっ、君からしたらそうかもね。でも、そういう時にさ、自分の素直な気持ちが見えたんだ『我が儘だな』って思った。僕の考えは、ちゃんとここにあるって」



 何を言っているのかまだ分からない。けれど私と共にいる事が彼にとって自分を見つけることなのだろう。


 ははっ、と呑気に笑う彼。



「僕は、何を言われようと君を求めた。そこに自分の意思があって。君は、僕が僕である証なんだ。」

「へんなの」

「それにエリザは可愛い」

「ふんっ」



 理由は何であれ、私を心から愛するバカな男が一人いる。その事実に、ほんの少しだけ……救われている。今、私に唯一優しくしてくれる彼。



 私には彼しかいない。



「でも、最近の君はやけに大人しい」

「私でもここまで来たら反省くらいするのよ。命の危機を感じてやっとだけど…嫌になった?」

「良いんじゃないかな。そんなエリザも。」

「……次は、もう少しうまくやれる気がするわ」

「そうか、頑張っているね、エリザ」


 私は立ち上がり、掌をぎゅっと握った。


「頑張っているね」の一言で妙にやる気が出た気がした。

 もう何も手に入れることはできない。でも、私の手には、確かに彼の「温もり」がある。


「今頃、皆卒業の準備でもして浮かれてる頃ね」


 夫は懐中時計を懐から出すと頷いてから閉じた。


「そうだね。卒業式…出たかったかい?」

「あんな暇な場所なんて、もう興味ないわ…」

「そうか」

「あんたと、紅茶を飲んで愚痴を好き勝手言い合う方が何倍もいい」



 そう言うと夫は驚いた顔をしていた。

 何となく、ざまーみろと思う。

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