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モテないと騒ぐ君が好き。  作者: かたたな


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つい教室に連れ込んでしまった(アルト視点)

 

 離れられない、離れたくない。


 もう一度、あと、一回だけ…


 そんなことを考え、また距離が縮まった瞬間




 ——ガチャリ。




 扉が開く音がした。

 背筋が凍る。咄嗟に体を離して、この状況を誤魔化すために床に落ちていたペンを拾い上げた。また教員に説教されては面倒だ。


 立ち上がりながら、平静を装って声を出す。



「ノーラ様の探していたペンは、これですか?」



 ノーラ様も少し微笑んでから立ち上がって、俺の言葉に合わせる。



「いいえ、違います。ここではなかったみたい……」



 その声が少し震えていて、俺の心臓がまたドクンと鳴る。すると、扉の近くから明るい声がした。



「あ、それ私のです! 良かった、見つかって!」



 入ってきたのは、三年の女子生徒だった。

彼女はペンを俺から受け取って、にこにこ笑う。



「ありがとうございます! さっき落としたの、ずっと探してて……」

「いえ、どういたしまして」



 俺は平静を装っているけれど、本当ならこっちが「ありがとう」と言いたい所だ。時間も忘れ、ノーラ様から離れられなかったのだから。


 ノーラ様も、頬を赤らめたまま、丁寧に微笑む。


「よかったですね」


 女子生徒は嬉しそうに礼を言って、教室を出て行った。扉が閉まる音がして、ようやく静かになる。俺とエレオノーラ様は、しばらく無言で顔を見合わせた。



「……危なかった」



 色んな意味で。


 俺が小さく呟くと、彼女はくすっと笑って、俺の袖をまた摘まんだ。その仕草が「さあ、続きをしましょう?」と言っているみたいだ。彼女の両手が俺の頬に添えられて…、近づく彼女に…わずかに残る理性を発揮し、額に軽くキスを落とした。



「……困りますよ、こんな積極的に来られると。もっとしたくなるじゃないですか…」



 彼女は満足げに頷いて、俺の胸にそっと寄りかかる。



「だって、もっとしたいんですもの」

「俺のなかで『早く仕事に戻れ』という俺と…『もう一回くらいしたらいいじゃないか』という俺が争ってるんですよ?」

「もう一回くらい、大して変わりませんわ?」

「強い援軍来た…」



 彼女の髪を優しく撫でながら、心の中では、この甘く危険な攻防にぐるぐると悩まされる。

これからも、彼女の「もう一回」に、俺は何度でも負けるんだろう。今だって彼女から目が離せないのだから。



「この後すぐに殿下の元へ戻らなければなりません。今日の残務が山積みで……」


「……そうですか」



 その声があまりにも寂しげで、俺の胸がぎゅっと締め付けられる。こんなにも自分を求めてくれる彼女を置いて、仕事が山積みの殿下の元へ行けと言うのか?そんなの辛すぎる…


 なぜあえて大変な思いをしにいくのか…


 でも、彼女はすぐに顔を上げて、柔らかく微笑んだ。



「わかりました。今はまだ忙しい時期ですもの。……」



 離れたくない!!


 切実に…


 いつもは侯爵家唯一の後継者として、誰にも頼らずに凛と背筋を伸ばしているエレオノーラ様。


 周囲の視線を一身に受け止め、笑顔で振る舞い、誰もが憧れる完璧な貴族令嬢。



 なのに、


 今、


 俺の前でだけ——こんなに素直に甘えて、寂しさを零す。


 そのギャップが、俺の心を鷲掴みにする。彼女は少し躊躇うように、俺の袖を摘まんだ。



「……あの、アルト様」

「はい?」

「次…お会いできた時も…またしてくれますか?その約束を心の支えに待っていますから……。」



 頬が赤く染まって、唇をきゅっと結んでいるのに、言葉はまっすぐだ。……反則っすよ、これ。俺は深く息を吐いた。恋ってこんなにも精神的な苦痛が伴うものなのか?今なら兄の気持ちも理解できてしまう…



「約束します。」



 彼女の顔がぱっと明るくなって、俺の胸にそっと寄りかかる。



「……ありがとうございます。次に会える日を楽しみにしてます」



 彼女の小さな体を抱きしめて、耳元で囁いた。「俺も……楽しみにしてますよ、ノーラ様」別れの瞬間、彼女は俺の手をぎゅっと握ってから、ゆっくり離した。



 廊下を歩き出す俺の背中を、彼女は静かに見送ってくれているのが分かる。


 そうして戻った俺は書類の山を睨みながら、仕事に没頭した。


 いつもよりペンの動きが速い。



 殿下の指示を処理する手が、まるで止まらない。

 普段の倍、いや三倍のスピードで、次々と案件を片付けていった。頭の中は、もちろん——ノーラ様とキスしたい……——でいっぱい。


 煩悩しかない。


 今でも彼女に触れた柔らかさを反芻しているのだから。集中しているはずなのに、隙あらばノーラ様の事を考える。




 殿下が執務室に入ってきた時、俺はすでに半分以上の山を片付け終えていた。



「……アルト、今日はやけに早いな。どうしたんだ?」



 殿下の不思議そうな声に、俺は平静を装って答える。



「いえ、ただ……少し、励みになることがありまして」



 殿下はくすりと笑って、俺の肩を軽く叩いた。



「恋の力か?……悪くない」



 俺は頬が熱くなるのを隠して、書類に視線を落とした。早く終わらせて……また彼女に会いに行きたい。頭の中は、また「エレオノーラ様とキスしたい」で埋め尽くされている。



 仕事のスピードが上がるのは、嬉しい誤算だ。


 甘い約束を胸に、俺の仕事は、今日も加速していく。



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