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モテないと騒ぐ君が好き。  作者: かたたな


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もう一回なの?(アルト視点)


 声をかけ、状況を説明しなければならない…


 それなのに、その一声が出ない。


 今、俺がここに割って入り、あの日の無礼と、この「強制的な婚約書類」を突きつけたらどうなるだろう。


 白く柔らかな頬が引きつり、瞳が嫌悪感に歪み、軽蔑の眼差しを向けられたら……。そう想像しただけで、足がすくみ、呼吸が苦しくなる。


 殴られる覚悟を決める為に、深く深呼吸したその時。ふと、彼女がこちらを振り返った。


 彼女の、知性と品位を感じるエメラルドのように艷やかな髪がふわりと揺れ…


 視線が、真っ直ぐにぶつかる。



「ぁっ……」



 俺は咄嗟に謝罪の言葉を探すけれどまだ言葉が見つけられなくて立ち尽くしていた。


 しかし…


 そんな俺の姿をとらえた彼女の大きな瞳が、ぱっと輝いたように見えた。


 彼女は友人たちに声をかけると、その輪を抜け、弾むような足取りでこちらへ駆け寄ってくる。彼女の首には、俺の贈ったチョーカーが輝き、彼女と共にしっかりとそこにある。


 それが、苦しくなるほど嬉しい。


 手を伸ばせば触れられる距離まで上機嫌な様子で近づいてきた彼女は、最高の笑顔で俺の名前を呼んだ。



「アルト様…、一段落されたのですか?」



 その声に、俺への嫌悪など少しも感じない。



「…はい…今、一区切りつきました。またすぐに戻らなければなりませんが…」



 その瞬間、心臓がぎゅっとなるような、激しい痛みが走った。彼女を見れば視界がちかちかとする。上手く彼女の瞳を見られないのに、見ていたい。


 俺のなかにあった不安が吹き飛び、彼女に嫌われていないとわかっただけで何よりも嬉しい。


 ああ、そうか。


 反応を想像しては最悪の事態に怯え…その、笑顔ひとつで世界が裏返ってしまうほどの幸せな衝撃をもたらす。


 胸を締め付けるこの苦しさと、喉の奥が熱くなるような、どうしようもない愛おしさ。



 ……これが……『恋』か



 俺は、ようやく、本当の意味で理解した。



「あ、あの、エレオノーラ様。実は……」



 俺は懐の書類に手をかけながら、ひどく不器用な声を出した。



 どう切り出すべきか。


 

 対面するノーラ様は、俺の表情から何かを察しようと観察しているのが分かる。そして何かを思い出したように、小さな声で「あっ」と呟いた。


 その、「あっ」と言葉を零した、少し空いた形のいいお口も可愛い。


 彼女は俺を見つめると、その指先を組んで、僅かにもじもじと落ち着かない様子で動かし始める。頬の赤みは耳たぶまで広がり、視線が泳いでいる。


 可愛い。



「あ、…ぁぁ、ま、また……そ、その……き、キス……なさるのですか? い、今、心の準備をしますので……っ!」

「…………ん?」



 思考が停止した。

 今、この方はなんと? 心の準備?何の??キスの?


 つまり、


 あの日、俺が強引に奪ったあの口づけを、彼女は「嫌な思い出」としてではなく、「また、あるかもしれないこと」と考えていた…という事か。


 やはり、嫌われていなかった。


 それどころか、彼女はゆっくりと深呼吸をして心の準備をしている。そのあまりの愛らしさに、胸の奥が…全身が熱くなる。


 そんな幸せに浸るのも束の間。俺はすぐに周囲の異変に気づいた。周囲からの、ヒソヒソと期待?に満ちた会話が耳に届く。



「またするのかしら?」

「あれはするわね!」



 周辺の生徒たちが、いつの間にか一歩、また一歩と距離を詰め、固唾を呑んでこちらを見守っているのだ。


 ここで「いえ、書類の話です」などと言えるはずがない。



「これで。いつでも、大丈夫です」



 そうしてまだ真っ赤な顔を上げて俺を真っすぐに見た。


 俺は、彼女の肩に触れると…周囲から一斉に「おおお……っ!」という小さな歓声が上がるのが聞こえた。結婚式か何かなのだろうか…。しかし、覚悟を決めるしかない。



 彼女に恥をかかせるわけにはいかないのだから!!



 そう言い訳をすると、俺はゆっくりと顔を寄せる。

 視線が痛いから、ふわりと一瞬触れるだけ。



「ふふっ、優しい」

「優しくする約束ですから」


 そして離れてから、懐にある殿下の書類を見せ、内密に婚約の事実を告げようと口を開いた。



 その時だった。



「……そこの二人! 直ちに生徒指導室まで来てもらおうか!」



 地獄の底から響くような野太い声が、俺たちの甘い残響を粉々に打ち砕いた。


 振り返れば、そこには顔を般若のように歪めた風紀担当の教師が指示棒を握りしめて立っていた。



「え!!あの、今は時間がないんですけど!」

「こんな学園のど真ん中でキスする時間があると言うのに白々しい!時間がないと言うならば、尚更……速やかに来る事だ!」



 俺とエレオノーラ様は、有無を言わさず教師の迫力に負けて生徒指導室へと連行された。


 卒業まで残りわずか一ヶ月。


 これまで学園の模範、非の打ち所がない優等生として通ってきた俺たちが、初めてこの部屋のお世話になった。


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