熱心な学園案内
隣に立つ「美少年」ことジェマさんは、校舎の彫刻や高い天井を興味深そうに見上げ、時折私に顔を寄せては「あの紋章は何?」とか「あの道具はなにに使うんだ」と尋ねてくる。
貴族のルールに親しみのない彼女だから、その距離感が周囲からすると親密に見えてしまうかも知れない。少しソワソワするけれど「ジェマさんは女性だから…」と特に気にしないことにした。
「授業にも興味があれば見学して行かれますか?」
「いいのか!」
授業に、こんなにも目を輝かせるなんて…
ジェマさんはなかなかに好奇心が強く、熱心に話を聞いてくれる。それが案内しがいがあり色々と提案していた。
サティも交えて雑談をすれば、口数は少ないながらも聞き上手。サティの他にもわらわらと女子生徒がやってきてジェマさんに声をかけていく。まるで有名人が訪れたみたいだ。
そして、お昼の休憩時間。
「朝食を頂いたので、ここはご馳走いたします。どのメニューがよろしいですか?」
「勝手が分からないから助かる。メニューの数も豊富なんだな…」
「ノーラの奢りだから、高いの頼むといいよジェマさん」
サティは、ジェマさんの頭を撫でながらサラリと彼女を可愛がる。互いにアッサリとした性格をしているから気が合うのかもしれない。
テラス席で和やかに昼食を終えると、サティは愛しの次男に手紙を書くから…と早めに教室へ戻っていった。
「隣…いいかな」
「どうぞ」
ジェマさんは、さっきまでサティが座っていた私の隣の席へ腰を下ろす。すると、少し遠くを見つめた。流石に疲れたのかもしれない。女子生徒に頬を染められながら質問攻めだったから。
そして、決意したように、ポツリと話し始める。
「…なぁ、相談がある。」
「はい、なんでしょうか」
「…ママがあの人と上手く行った場合のことだけどさ」
濁しているけれど、マレーナ様とラインハルト殿下の事だろう。その声は、いつもの凛とした響きとは違い、どこか寂しげで、自分自身に言い聞かせているよう。
「私は、ママに迷惑をかけたくないんだ。ずっとママの子供として、あの人の庇護の下にいるつもりはない。…全てが決まったら…私は、仕事を探して自立したいと思ってる」
「ジェマさん……」
「でも」
彼女は少し恥ずかしそうに視線を外しました。
「叶うなら……時折、ママの顔が見られるような、そんな立場でいられたらって。欲張りなのは分かってる」
彼女は真剣な眼差しで私を見つめてくる。その瞳には、自立しようとする強い意志と、家族を想う優しい愛しさが混ざり合っていた。
「…あんたは、侯爵令嬢なんだろ?侯爵家の護衛の一人として、私を雇って貰えないか。これでも腕には自信がある。侯爵家の護衛なら城へ出入りする機会もあるだろう?」
マレーナ様を想う健気な決意は察する事ができる。彼女の気配を察する能力は王家の護衛さえも軽々と見つけ出す事が出来る。…護衛としてはとても優秀に思える。侯爵家の使用人とも和気あいあいと話せるし、私自身、少し話しただけだけど悪い人ではないと思っている。
ならば、護衛としての提案も悪いものではないのだけど…
それならマレーナ様の護衛や使用人になった方がいいのでは?
「ちょうど…欠員も出たと聞くので可能ではあります。」
私の答えを聞いた瞬間、ジェマさんの表情がパッと明るくなった。少年のようだった顔立ちが、年相応の少女の柔らかな笑顔に変わっていく。
「本当!? 」
ジェマさんは嬉しさのあまり、私の両手をギュッと握りしめた。その力強さから多少は気持ちが軽くなったように見える。
「ええ、でも、まだマレーナ様のことは何も決まっていません。焦らず、決まってからどうするか話し合う事をお勧めします。マレーナ様は、ジェマさんに側にいて欲しいと言うかも知れないでしょう?」
「そっか…そうだな」
「侯爵家の護衛は、あくまでも選択肢の一つとしてお考えください」
「助かるよ」
握られた手を、私も強く握る。
惜しい、逃すのはとても惜しい……
でも、マレーナ様と殿下のあの様子ならきっと傍にいることを願うと思うはず。
ここは、不遇な人生を歩んできた彼女達の幸せを願うしかない。
そこへ突然。
誰かが私達の間に割り込んできた。




