思わぬ協力者
ここを崩せるのだろうか?殿下の想いは、年上である彼女の心へ届くのだろうか。
「他の女性に騙されるなどあり得ない。もし、私を騙せるとするなら貴女くらいだろう。貴女の前では、愛を伝える言葉を考える事しかできないのだから」
「そのような愛の言葉は、私には少々眩しいわね。少し落ち着いた大人の対応が欲しいわ」
「君が望むなら、愛を紡ぐ言葉を学び直し、更には態度を改めよう。だが今は許してほしい、言葉が溢れてくるんだ。きっと私の本能までもが貴女を求めているということ…。ここまで一人の女性を求めた事は無かった。これが恋と言うものなのだろうね。素晴らしい気持ちだ…。ドキドキと高鳴るこの胸が苦しく、しかしずっと共にいたいと叫んでいるよう…」
「本能、ねぇ……。そんな野性的な口説き文句、どこで覚えてきたのかしら。」
この瞬間、あのオーナーが少し怯んだように見えた。まさか…口説き落とせるのか!?私は自分でも気が付かない内に胸の前で願うように手を組んだ。
アルト様も慎重に事の成り行きを狙っているように見える。
すると、動き出したのは小さな影だった。
「キキキッ、ケケケッ。ママはね怖がりなの」
「こら、キュカ」
キュカちゃんはママに強い口調で言われて自分の口を自分で押さえた。しかし、今度はジェマが口を開く。
「ママは…、婚約した相手が結婚式を終えてすぐに駆け落ちしたんだ。その後に事故で亡くなってね。再婚を勧められるけどろくな男が寄ってこない。信じるのが、きっと怖い」
「ジェマ!」
顔を真っ赤にして立ち上がったママ。その豊かな胸が揺れる。真正面からそれを見た殿下はとても嬉しそうに微笑んだ。
ママはと言えば、さっきまでの大人な余裕はどこへやら…。慌ててジェマさんを止めるも、止められたジェマさんは口を塞ぐが、今度は別の聖女候補が話始める。
「ママは、こう見えて24歳だし?まだまだ行けるよね?お坊ちゃんは何歳?」
「そうそう~。こんなに若い子に純粋な恋心を向けられて困っているだけよ~。でも若い子だから心変わりが怖いのは分かる~」
「しかし、客観的に見ても今までの相手とは誠意と覚悟が違う。ママはしっかり向き合うべきよ」
何故だがオーナーの周囲は殿下の味方ばかりとなっていた。殿下の熱心な姿勢が周囲を動かした瞬間なのだろうか。そして殿下は…
「娘たちに愛される存在なのだね、私は彼女たち…いや、彼女たちだけではない。他の貴女が保護した子供達全ての父親になる覚悟がある」
「…なっ!?」
ママはパニックである。
見るからに信じられないと言いたげに目を丸くして殿下を見ている。
「他の子も…全員?それは本当なの!?」
「本当だ、嘘はつかない。ここで契約書を交わしてもいい」
契約書という言葉が出た瞬間。アルト様が一歩前に出て踏みとどまったのか戻ってきた。アルト様は胃がキリキリとしていることだろう。
ママは静かに。殿下の少しの動きも見逃さないように見据える。
「君の誠意が本当だとして…私は貴方のその気持ちを利用するかもしれないのよ?」
「構わない。一生をかけて好きになって貰うからね」
「…凄い自信だこと。」
「自信なんてない、あるのは貴女を想う気持ちだけだ」
その瞬間、周囲から「ヒュー♪」と冷やかすような音が上がる。
その場を支配する熱気はどんどん上がってゆく。あの大人の余裕たっぷりで妖艶だったママが、今は初々しい少女のように頬を染め、視線を泳がせている。
一国の王子であるラインハルト殿下の、「愛」で全てなぎ倒すような勢いが、鉄壁だった彼女の心を確実にこじ開けていくのを目の当たりにした。
「……はぁ、もう勝手になさい」
ママ様が折れるように小さく呟き、ようやく贈り物を受け取った瞬間、事務所内は聖女候補の皆様による割れんばかりの拍手と歓声に包まれました。
殿下が勝利の微笑みを浮かべ、ママ様の傍らへと歩み寄る。そして手を差し伸べた。
「本当の名を伺ってもいいかな?」
「…マレーナよ」
「そうか、貴女に似合う素晴らしい名だ。マレーナ。」
「はぁ~、それで、お坊ちゃんの名前は?」
うっとりとその名を呼ぶ殿下を、マレーナ様は不安と期待が入り混じった瞳で見上げる。
「ラインハルトだ」
その名が告げられた瞬間。
お祭り騒ぎだった熱気は、引潮のようにサーッと引いていった。静まり返った事務所を、困惑と衝撃の嵐が吹き抜ける。
一国の王子の名——そのあまりの重みに、その場にいた全員の思考が停止した。




