気持ちが揺るがない
まだ朝の日差しを感じさせる光に包まれながら、再び訪れた探偵事務所。
1番目立つデスクの上に目を向ければ、以前は小さな芽だったはずの種が、一週間のうちに一般的な本一冊分の高さまで成長していた。立派な鉢植えに植えてもらい誇らしげに葉を揺らしている。
その成長は、何人もその種を成長させた人物がいると示しているのだと思う。
私は、その姿に圧倒されるばかりだった。
前回、探偵事務所にいたキュカちゃんとジェマさん。そこへ更に3人の美しい女性がソファに座っている。
果たしてラインハルト殿下は、『聖女』と思われる魅力的な女性たちを前に、どう話を進めるのだろう。私には見当もつかない。なので、静かに殿下の動向を見守った。
殿下はまず、集まった聖女候補の女性たち一人ひとりを見渡すと、一国の王子として非の打ち所がない、完璧なまでの敬意を表す礼を捧げられた。
「急な呼び立てにも関わらず集まってくれたこと、心から感謝する。君たちの慈愛に満ちた佇まいに、敬意を表したい」
その凛とした、かつ誠実な言葉と仕草。集まった美女たちの頬が微かに赤らむように見える。彼女達から見た殿下はとても好印象のようだ。これなら殿下が誰か一人の手を取ってもおかしくはない、絵画のような光景。
けれど——。
多くの美しい女性たちを前にしてもなお、殿下がその後に迷いなく向かったのは、デスクの奥に座る「ママ」と呼ばれている女性の元だった。
「聖女探しの協力に感謝いたします。——私の、私だけの聖女様」
低く、甘く響く声。
私は思わず息を呑んだ。殿下はそのまま、彼女の手を取ると、挨拶のように唇を寄せる。そして、懐から美しくラッピングされた小箱を取り出し、恭しく彼女へ差し出したのだ。
「……!?」
あまりに直球で、あまりに情熱的なそのアプローチに、私は言葉を失った。聖女候補とみられる女性たちがいる場所で、公務としての選別よりも先に、一人の女性への挨拶を優先させるなんて。
女子生徒にも分け隔てなく接するあの殿下が、今まで運命を感じていなかったからだと納得できる光景だった。
今、私と共に壁際に立つアルト様はどうだろう…。
側近として、思うところがあるのでは…と、そっと視線を向けると、彼は先ほどから置物のように固まっていた。何か言いようのない複雑な表情で殿下を見つめている。
歩いている時もずっとソワソワして、どこか落ち着かない様子だった彼。こうなる事を知っていたからなのだろうか?だけど、殿下のあの大胆な行動を目の当たりにして、さらに混乱していらっしゃるように見える。
そしてオーナーであるママはというと。
「このお坊ちゃんはブレないね。こんなにも美しく幅広い聖女候補がいると言うのに」
「聖女候補達には感謝している。しかし、私が最も大切にすべきは私だけの聖女となる貴女だ」
そうすると、ママは聖女達に視線を送る。
「あの子達は私よりスタイルがいいわ。聖女と言うなら私より、ここにいる子供達みたいな子を言うのよ?」
殿下が彼女の胸に夢中だったことがバレている。いや、それもそうだ。女性はなんとなく、男性の視線がどこへも向かっているか分かるものだから。ママほどの豊かさを持っていたら特に視線には敏感だろう。
「彼女達も素晴らしい女性だ。」
呆れたようにため息を吐いていた。そして贈り物として差し出されたそれを開けないままつまらなそうに眺める。しかし、殿下はめげない。
「しかし、私の心に決めたのは貴女だけだ」
「…そう。これは、随分と高価そうな贈りものだこと。売ったらさぞ良い値段がするでしょうね」
そう言って微笑んだママ。「コレを売ろうと思っている」と言葉にしたようなものだ。その言葉に、隣にいたアルト様が動こうとした…のだけど、殿下が「待て」と指示するように手で制す。
「コレは貴女に贈ったものだ、売るのも貴女の自由にしていい。貴女の役に立てるならそれが私の喜びだ」
「真っすぐ過ぎるわね、このお坊ちゃんは。いつか悪い女に騙されそうで心配なくらい」
殿下の言葉が、静かな事務所の空気を甘く、重く塗り替えていく。しかし、彼女はあくまでも殿下を子供扱いし、一線を引いていた。




