選ぶもの(アルト視点)
訪れたのは案の定。
どこを見ても美しい細工が施された綺羅びやかな店内。
王族御用達の店…しかも宝飾品を売るこの場所は、キラキラしていて俺には居心地が悪くて仕方ない。俺は本や書類に囲まれた部屋がいい…。
一時的にカーテンの裏などに避難しようかと考えたが、殿下の護衛がまるで外へは行かせない!とするように壁となっていて逃げ場がなかった。きっと、俺も何か買うものとして言いつけられているのだろう。
「さて、アルト。贈り物の基本は『相手に相応しい品であり、贈りたいと自ら考えたもの』だ。」
殿下は、店内を見渡し獲物を探す鷹のような目つきで歩いている。店員が選んだ品も用意されているが、それも含め吟味している。
「…そんな高価な贈り物…俺には」
「大丈夫、店主にもアルトに無理のない価格帯の物を集めてもらってある。君が出せる予算の見当はつくからね」
そう言った殿下の言葉通り、店主が「あちらへどうぞ」と案内にやってくる。ここまで殿下にされてしまったら買わない選択肢は無いだろう。
「……正直、何を選べばいいのか。エレオノーラ様は侯爵家の令嬢です。宝飾品などはすでに飽きるほどお持ちでしょう。中途半端な…それも大した値もしないものはかえって失礼になるのでは」
「相手が何を持っているかではない。何を贈りたいかだ。」
店内に並ぶ眩いばかりの装飾品を前に、殿下が選んだのは、燃えるようなルビーをあしらった豪奢なブローチだった。
「これは……随分と大胆なものを選ばれましたね」
「彼女のあの胸元で輝くにふさわしいのは、この輝きだろう。」
殿下は至極真面目に、そして堂々と言ってのけた。公務で見せる判断力が、今や「いかに想い人を喜ばせるか」という一点に集中している。その熱量に圧倒されながら、俺は彼女への贈り物を求めて、店内の棚へと視線を移す。
(俺が、ノーラ様に贈りたいもの……本当にそれでいいのか?ただ、贈りたいってだけなら、それは押し付けだ)
そうして探した時。一つの品に目がとまった。それは、以前の出来事が脳裏をよぎる品。
かつて学園の庭園で、宝飾品を狙う鳥をエレオノーラ様と協力して捕まえた。
あの時、俺の上着に包まれ、おくるみのよう包まれたような目つきの悪い鳥を見て、彼女は「……可愛い」と、柔らかい笑みを浮かべていた。
そんな出来事を思い出した品は、上質なリボンに細かい細工が光るもの。小さな鳥が羽を休めているモチーフのチョーカーだった。
それを手に取り眺めた。
確か、沢山のパンが並ぶなかでクマを選んでもいた…しかし、クマのモチーフは彼女には子供すぎる。
このチョーカーなら派手さはないが美しく品のある彼女に似合うだろう。エレオノーラ様は着飾らなくても美しい。派手なものより、こうしたシンプルな美しさが似合うように感じる。
「……店主、これを」
俺がそれを差し出すと、店主は微笑んだ。
すると、贈り物として包まれるのを待っていた殿下が横から覗き込んできた。我ながら、良い贈り物を選んだと思っていたのだけど、殿下は堪えきれないといった様子で「ぶっ」と吹き出した。
「はははっ! アルト、君は……! 恐ろしいな」
「…な…何がおかしいんですか。人のセンスにケチ付けるつもりっすか!必死で考えたのに。彼女は以前、鳥を「可愛い」と言っていたんですよ?ピッタリじゃないっすか!!」
「違う、鳥についてではない。チョーカーとは、独占欲が強いなと思っただけだ。本能では彼女を自分の鎖で繋ぎ止めたくて仕方ないらしい」
「っ、変な解釈をしないでください! これはただのデザインです!ね!ですよね店主!」
俺は顔が熱くなるのを感じながら、代金を支払った。
独占欲。
鎖。
殿下が変な事を言うせいで、このシンプルでありながら可愛らしいチョーカーが下世話なものに見えてきしまう。
しかし店主は「いいのですよ、こうして情熱的な方がお相手の心に響きます」とフォローを入れてくれたけれど、全然フォローになってなかった。
…
「あー…疲れたぁ」
ただ買い物をしただけ…
それなのにどっと疲れた。
帰ってきた俺は自室の棚に贈り物を置いた。だけど、その贈り物が視界に入るたびに、俺の心臓に嫌な緊張感を持って仕方ない。だからといって、暗い引き出しに押し込む気にもなれない。
そのモチーフが鳥だからなのか…明るい所にいて欲しいと不思議と考えてしまう。
だから、外の世界がよく見える窓辺に置いたのだけど…とにかく目立つ。部屋に入ればすぐに目にはいってしまう。
早く渡してしまえればいいのに。
いや、渡すって…どうやって?
渡せたとして、俺なんかの贈り物を喜んでくれるのだろうか。
モヤモヤとした妙な緊張感を持ったまま約束の日まで過ごした。
約束の再訪の日。
朝。
事務所が開く時間ピッタリに行くぞ!と殿下が張り切るものだから俺とノーラ様は殿下に合わせて集合することにした。
俺たちの懐には、あの贈り物がある。
それなのに、殿下は至っていつも通りで少しだけ腹が立つ。俺は殿下が変な事を言ったせいで、こんなドギマギしているというのに…
「殿下、アルト様、ごきげんよう」
「ああ、エレオノーラ嬢。ごきげんよう。晴れて良かった」
ノーラ様の声に我に返る。待ち合わせ場所に現れたノーラ様は、今日も変わらず凛としていた。俺は今日も馬車の手配から周囲の警戒まで完璧に整えたはずなのだが。
(……落ち着かない!!)
上着のポケットに入れた小さな小箱が、歩くたびに胸を軽く叩く。そのわずかな感触だけで、俺の心拍数は非論理的な数値を叩き出していた。
「アルト様? どうかされましたか? 」
馬車から降りると、隣を歩くエレオノーラ様が不思議そうに首を傾げて覗き込んできた。彼女は街へ出る為に質素な服装をしている。それなのにここまで美しいのは何故なのか。
どんな服でも似合ってしまう。
「い、いえ! 何でもありません。…ほら、少し緊張しますよね、あの事務所」
「確かにそうですわね、聖女様は何人いらしたのかしら」
彼女の指が、考えるように頬に添えられた。その動きで、つい…彼女の白くて滑らかな首に視線が行ってしまう。このチョーカーが彼女の首に触れるかも知れない…その可能性を考えてしまう。
殿下に指摘された「独占欲」という言葉が脳裏をよぎり、顔に熱が集まる。
本当に、俺はこれを渡すのか?
「ははは。アルト、そんなにソワソワしてはタイミングをの逃すよ?」
「誰のせいっすか!ほんっとにもう!!」
前を歩く殿下が、振り返りもせずに楽しげな声を投げかけてくる。殿下は殿下で、懐のルビーを早く手渡したいとウキウキしているように見える。あの余裕、分けてほしい。
含みのある物言いに、俺は奥歯を噛み締めた。
いつ渡すべきか。
事務所に着く前か?ちがう、どう考えても早い!
それとも事が済んだ後か。
かと言って、帰り道に二人きりになるのを待つなど……そんな意図的なシチュエーションを作るのは難しい。この前、エレオノーラ様を寮まで送ってから殿下と部屋に戻ったんだ。今日は殿下を先に寮に送っていったら「なんで?」ってなるじゃないか。
俺は殿下の側近なんだぞ?
そうこうしているうちに、見覚えのある路地裏、あの古びた探偵事務所の扉が見えてくる。
カラン、と乾いたベルの音が響く。
「あら、いらっしゃい。……一週間ぶりね、坊やたち」
デスクの向こうで、不敵な笑みで俺たちを迎えた。その傍らには、すでに数人の「少女たち」が寛いでいた。




