男だけの会話(アルト視点)
一週間後の再訪を約束し、俺たちは事務所を後にした。
ママと呼ばれたオーナーは、他の聖女の確認。俺は殿下と共に聖女が複数いた場合について話し合わなければならないのだけど…殿下は聖女そっちのけでとても上機嫌だ。どうなるのか行先が不安。
ノーラ様を女子寮の門限ぎりぎりに送り届け、ラインハルト殿下と二人になった。後ろに平民の格好をして隠れていた護衛騎士達は、俺達が寮の建物に入るのを見届けると、それぞれの配置に戻ってゆく。寮内の平和は、寮の警備兵の仕事だ。
自室へ向かう足取りの中で、殿下は呟いた。
「……アルト。実に、実に豊かな場所だったな」
「聖女候補が複数いた件ですか? 全くです。国王陛下がひっくり返りますよ」
「いや、あのオーナーだ。すべてを包み込むような豊かさ……。それなのに形は整っていた。あの中に埋もれることができれば、公務の疲れなど一瞬で吹き飛ぶだろうに」
始めは何の事を言っているか分からなかったが、丸みを表す手の動きで察した。
殿下の気持ちは、もはや聖女よりママの胸元へと一直線に向いていた。俺は深い溜息をつき、頭を抱える。
殿下は聖女への憧れから学園の女子生徒との交流もそこそこに、貴族用の娼館にも行かずに自身を律していた。だというのに!あの大人な女性の魅力を詰め込んだようなオーナーにやられてしまったと言うのか。貴族の令嬢や、社交界で見ない部類の女性だからだろうか…
「殿下、今のその台詞、エレオノーラ様の前では絶対に言わないでくださいよ。女性にそう言う話は嫌われます。」
「分かっているさ。だからアルトに話しているんだろう?」
殿下は悪びれもせず、くすくすと喉を鳴らしたかと思うと、今度は俺を真っ向から指差した。
「それに、アルトも人のことは言えないじゃないか。あの護衛、ジェマという女性と随分仲睦まじく楽しんでいただろう?」
「はあああ!? あれのどこが『仲睦まじく楽しんでいた』になるんですか! ど突かれたんですよ俺は! 不当な暴力です!」
ケラケラ笑う殿下に心底心臓に悪いと感じる。
「 勘弁してください。俺がエレオノーラ様との縁談を、どうにかして進めたいと願っているのは知っているでしょう?」
必死に否定する俺を見て、殿下は思い出したように興味深げにしながら目を細めた。
「そうだったな、進捗はどうなんだ? 」
「……それは」
言葉に詰まった。頼りにはされている自覚はある。キュカの後を追った時、俺を頼って腕を掴んでくれたのだから。
「……エレオノーラ様の隣に立つのは、俺以外には務まらない……そう説得し、納得してもらう。それ以外の作戦など必要ありません」
「それしか思いつかないの間違いでは?」
胸を張って答えた俺に、殿下は今度は心底呆れたような、同情のような表情を浮かべた。
「アルト。君は有能だが……こと『恋』に関しては残念だ」
「なっ……!だから、違いますって! 恋なんて人を愚かにするだけの感情っすよ。殿下だって豊かな胸がどーのって!!」
殿下は楽しそうに笑い、俺の肩をポンと叩いた。
「私と共に頑張ろうではないか、まずはアプローチの定番…贈り物だ。ターゲットの事を考え、贈る品には愛が込められ伝わる」
「いや、愛って…俺は」
「なぁ、アルト」
殿下は立ち止まると静かにこちらを見て言う。
「エレオノーラ嬢には既に、アルトの優秀さは伝わっている。君は私の側近であり、彼女のエスコートも難なくこなしたのだから。しかし、今だ保留だ。それなら別の行動が君には必要なんだ。彼女が君との結婚に夢を見て踏み出す為の行動が。」
「俺に…嘘でも甘い愛の言葉を囁やけって言うんすか?」
殿下は少し考えてから脅すような口調で言う
「彼女の隣に立つ為なら何ふり構っていられないだろう?エレオノーラ嬢と、君の兄上との婚約が白紙に戻ったと学園の者は全員知っている。もし、彼女を『愛』などと宣って誑かし、攫っていく人物がいたとして…君は後悔しないのか」
「それは…絶対に嫌ですけど」
「君の嫌う『愛』や『恋』はもはや考えるな。ただ君は、エレオノーラ嬢の隣には自分が相応しいと思っている。なら、やれることはやるんだ」
殿下の部屋の前まで来ると、彼は「では、また」と扉を閉めた。その音が胸に虚しく響く。愛や恋の感情を持たないまま、彼女へ愛を語るなど…不誠実だ。
だけど、殿下の言うように自分ではない男が彼女の隣に立つなどあり得ないと思う。彼女を支えられるのは優秀な俺だ。
彼女が不安な時、頼る腕は俺の腕であってほしい。
以前、ノーラ様がしがみついていた腕を自分で強く握ると、少し気合を入れる。
やれる事をやらずに、誰かにその隣を奪われるなんて御免だ。その立場を得られるなら、何でもやってやる。
翌日。
ラインハルト殿下に、買い物へ連れ出された。そこにはやはり拒否権は無い。偽りの無い姿で、彼の御用達の店へ連れて行かれる。
それはつまり、王族御用達の店。
馬車に揺られながら、それだけで酷く緊張した。




