魅力的な聖女
ママは組んでいた脚をゆったりと組み替え、腕を胸の下で組んで殿下に真剣な面持ちで向き直った。胸の下で腕を組むものだから、ママの豊かな胸が更に強調される。殿下は凛とした雰囲気のまま胸を見ていた。
「その『聖女』とやらを見つけたとして、その人物が今より不幸になるなら、事実を伝えるつもりはないの。神殿に閉じ込め、一生自由を奪うなんてことはないだろうね?」
ママの瞳からそれまでの妖艶な色が消え、我が子を守る親のような姿勢を感じた。尊敬する私自身の両親を思い出す空気だ。
殿下はその視線を真っ向から受け止め、居住まいを正した。
「心配は無用だ。……聖女の務めは、日に一度、神殿の奥で国への祈りを捧げること。国の象徴として各種行事に顔を出すこと。それ以外は、王家がその身の安全と生活を完全に保障する。祈りの時間以外は自由だ。神殿は単なる『職場』であり、最も安全な『帰る場所』になるだけのこと。不当な扱いなど、この国の王家が決して許しはしない」
殿下の口調は静かだが、そこには一国の王子としての揺るぎない覚悟が込められていた。ママはその言葉の重みを測るように沈黙し、やがて満足げに小さく頷いた。
「……いいわ。それなら、この事務所について教えてあげる。」
何故、事務所のことを?キュカちゃんが聖女ではないの?と不思議に感じていると、ママはデスクの引き出しから、古びた一冊の台帳を取り出した。
「ここの事務所はね……人と少し違う、変わった体質の子を私が保護しているの。キュカもジェマも、どこか違っていてね。能力があるのに不当な扱いを受けていた子達よ」
ママの言葉が、部屋の空気をしっとりと湿らせていく。
「身元は私が保証し、我が子としてここに属しているわ。この事務所の運営に関わらせることで社会を見て学ばせる。善も悪もね。まぁ…そんな『力ある者』たちの集まりなんだもの。貴方たちが探している『聖女』の条件に当てはまる子が、一人や二人、混じっていてもおかしくはないでしょう?」
「まさか……そんなことが」
呟いたアルト様にママはくすりと笑い、試すような視線を殿下に投げた。
「それで、聖女だとどう判断するおつもりなのかしら」
そうママが殿下に問う。
「一つの指針として、この種が芽吹いた者としている。この樹の種は、聖女の傍らでしか育たないという言い伝えがある非常に繊細で不思議な樹なのだ」
「そう、だからそこのお嬢様は種を拾った者を探していたのね」
「はい」
急に私に向けられたママの視線にドキリとする。
「貴女の人生がかかっていると聞いたけれど、脅されてでもいるのかしら?」
そんな質問に焦って首を振り応えた。
「脅されているなんてことはございません!ただ…私の元に芽吹いた種があったものですから…。絶対私では無いのに、聖女と間違われて神殿に押し込められては困ってしまうのです。私は…家の唯一の跡継ぎですから…」
情報を濁しながらも私の状況は伝わったようだ。
「絶対自分は違うなんて、ふふっ。嫌いじゃないわ、そう言う貴女が。…それで人生がかかっていると話してくれたのね。」
ママは、机の上にあった瓶を取り、カランと音を立てて転がって来た種を手で受け止めると、片手で軽く握った…次の瞬間。
「ジェマ」
「…っ!」
シュンと軽い音を立ててジェマさんに投げられた種。ジェマはその種を簡単に片手で受け止める。彼女の握った手の中に、無事に種は収まったようだ。
「それを、そのまま握って少ししたら開いてみなさい」
「…はい」
ジェマが言われた通り受け取った手の中にある種を両手に包んだようだ。そして開くと。
「!!」
「な、芽が…育ってる」
私が見た時には、種の殻を破ったくらいの小さな芽だった。それなのにジェマが手を開くとピンとした葉がしっかりと姿を現している。
「特殊な能力に反応する種ってことかしら」
ママがまた軽く手を上げると、ジェマがその種をポイっと投げ返す。その息の合ったやり取りに絆を感じる。するとママは、私の隣にいたキュカちゃんに手招きして呼び寄せると、その手で種を包ませる。
「キキキッ」
「ほら手を開いて」
すると、キュカちゃんの手が開かれると、更に背を高くして成長した芽があらわれた。
「また、芽が…」
「事務所の他の子供達に確認を取ってもいいけれど…全員聖女にしてくれるのかしら?」
ママは得意げに言うと、種を瓶の中に戻し、カラカラと振った。アルト様はそんな様子を静かに見ていた。そして殿下の横に立つと、側近としての顔を見せる。
「今ここに2人の聖女候補が現れました。他にも存在すると言うなら多方面での協力要請が必要でしょう。複数の聖女の可能性について、どう対応すべきか一度お話になられたほうがよろしいかと」
「…そうだな。一度この話は持ち帰ろう」
そうした私達の様子を見てからママは微笑んだ。
「次に来るまでに、事務所にいる子達に確認を取っておくわ。女の子だけに限定していいのかしら」
「はい、問題ありません。よろしくお願いいたします」
「ええ、こちらとしても我が子には良い環境に身を置いて欲しいもの」
そう呟いたママの表情を、キュカちゃんとジェマさんは静かに眺めていた。




