殿下の恋??
我ながら鋭い名推理だと、腕を組んで二人を眺める。
すると、ジェマさんの睨む視線がより一層鋭く空気も重くなっていくのを感じた。なのに、殿下はその空気など読まない。
「依頼料は望むままに。…今夜、貴女の貴重な時間を私に預けてはもらえないだろうか。この街で最も美しい月が見える場所を、私は知っている。貴女と最高の場所から眺めたい。」
ママは、唖然とする私たちとキラキラした瞳で自分を見つめる彼を見て、ふっと深い溜息をついた。
「坊や……。依頼ではなく、口説きに来たのなら本当のママの所へお帰り…」
「私の帰る場所は、貴女の側と心に決めたんだ」
「子供のお守りをする場所ではないのよ?」
「もちろんだ。一人の大人の男としてここにいる」
するとアルト様が動き出した。
殿下の上着の裾をちょいちょいと引っ張り必死な言葉を投げかける。
「頭を冷やしてください!ママって呼ばれてるって事は既婚者なんじゃないっすか!?」
「そこは、話し合いだね…」
「正気ですか!?」
コイツしつこいな。
と、つい思ってしまった。それは口が裂けても言葉にはできない。
アルト様は顔を覆って絶望し、ジェマさんが剣の柄を握りしめている。
「おい、そこの」
ジェマさんの声が殿下の口説き文句とママの呆れた返事に混じり、アルト様に投げかけられた。彼女はトゲトゲとした気配を放ちながらアルトへと詰め寄る。そして、隣に立つと肘でアルトの脇腹を「ぐいっ」とつついた。
「……っ!? なんだ、いきなり」
不意打ちを食らったアルトが顔を歪める。結構痛そう…。ジェマさんは、彼と視線を合わせることない。ただ顎で、ママににじり寄っている殿下を示した。
「アイツをどうにかしろ。」
低く、地を這うような声色。
ジェマさんの瞳には苛立ちと同時に微かな「戸惑い」が混じっているように見える。彼女は直感しているのだ。この、平民の服を着ても隠しきれない高貴さと異様なまでの自信を振りまく青年が、自分が安易に手を出し、傷つけていい存在ではないことを。
絶対的な「格」を察しながらも「ママ」への忠誠なのか…、どうにも出来ない彼女は苛立ちをアルト様にぶつけるしかないようだった。
「どうにかしろって言われても……! あの方がこうなったのは初めての事で、こっちも対応に困ってるんだ…」
「使えないな、お前は」
「君だって止められていないだろ」
「アタシの専門は敵を排除することだ。お前はアイツの世話係かなんかだろう?世話をしろ、仕事だ。」
ジェマは再びアルトをどつくと、そのまま彼を殿下の方へと押し出した。
なんだろう。あの気安いやり取りは。言葉は崩れているし…どこか息の合ったような…。私から見ると、仲が良さそうにも見えてしまう。
胸の奥が、ちりりと焼ける。
殿下をなだめるために、二人で肩を並べてあーだこーだと揉み合っている姿。アルトが無防備に晒す横顔。二人の間にある「男同士のじゃれ合い」に似た空気感が、私の心に鋭い針を突き立てた。
俯き、唇を噛みしめていたその時——。
「キキキッ……」
不意に、柔らかな重みを感じた。
少し視線を下ろして見れば、いつの間に近寄っていたのか、キュカちゃんが立っている私の腰にぎゅうっとしがみついている。
「お姉さん、悪い霧に覆われてる。……真っ暗で、苦しそう」
キュカちゃんは大きな瞳で私を見上げると、幼い腕に力を込めた。
「食べてあげる」
そう呟くやいなや、彼女は背伸びをして私の頬に噛みつくような仕草をした。決して私の頬には触れていない。小さな口を寄せて「モグモグ」と空気を食べるような仕草を始めた。その頬は更に私の手にすり寄せてくる。
気味の悪い笑い声を上げる子供だと思っていたのに、その接触は驚くほど優しく、温かい。
「……キュカ、ちゃん?」
私が呆然と声を漏らすと、彼女はふっと私から離れ、虚空を見つめながらポツリと言った。
「エリザって子に憑いてたんだけど、次はお姉さんの所に来たんだって……お姉さんは、悪くないよ。この子が悪趣味なの。破滅に導いて喜ぶの」
心臓が跳ね上がった。
エリザさんと関わりがあった事を知っている?…私の関係を話していないのに……。それは、気味が悪い出来事のはずなのに気持ちはスッキリと晴れやかだった。仮眠をしたら少ししか寝てないのにスッキリしている時…みたいな気分。
「……さて」
ママが、絡みつく殿下の視線を正面から受け止めながら、不敵な笑みを浮かべた。
「坊やの熱烈な誘いは分かったわ。……でも、その前に仕事をさせてもらうわよ。『聖女』探し…条件によっては受けてあげるわ。詳しいお話を聞かせてくれるわね?」
ママのその言葉に、アルト様とジェマさんの小競り合いがピタリと止まった。
聖女探しという国家の重要任務が、今、迷走の極みに達しようとしている。それを正しい道へ戻したのはママの一言だった。




