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モテないと騒ぐ君が好き。  作者: かたたな


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どう話せばいいのか


「着手金」として差し出した硬貨の一枚が、彼女の指で弾かれ、チリンと澄んだ音を立てた。


 ママさんはその一枚を指先で弄びながら、獲物を定めるような鋭い眼差しで私を見据える。



「……さて。キュカを追いかけて来たということは、キュカがその種を拾った……と思って来たのでしょう?」



 彼女は山積みの金貨を長い爪で自らの方へ引き寄せると、椅子の背もたれに深く体を預けました。豊満な胸元がゆったりと上下し、場を支配するような威圧感が室内に満ちている。



「もし、本当にキュカがそうだった場合。あなたたち、この子をどうするつもりなのかしら」



 妖艶な微笑を浮かべてはいるけれど、その瞳の奥にある光は、氷のよう。


 もし彼女の気に入らない答えを返せば、キュカさんへの質問も、今後ここを訪れることも叶わないだろう。


……「聖女」として神殿に連れて行き、多分、ラインハルト殿下の妃になる。なんて…今の確信がない段階では言えない。


 聖女の事は口外できないのだから。


 それに、聖女が芽吹かせる事が出来る種を持っていて、その種が芽を出している…と情報を与えてしまう事になる。誰かが彼女達に聖女探しを依頼したら、真っ先に私の名前が上がってしまうだろう。



 私は軽く唇を噛むと、考えてから言葉にする。



「今は、お話することが出来ません…」



 そう言った瞬間。

 目の前に置いていたお金は全て私の目の前まで押し返された。そこに、着手金として渡したはずの硬貨も戻される。



「なら、この話は無かった事にさせてもらうわ」

「…」



 差し出したお金が、全て手元に戻る。それを大人しく受け取るしかなかった。


 すると、アルト様が口を開く。



「後日、許可を取って参ります。口外できない事が、現時点で多いだけです。決して、悪意ある捜索ではありません。」

「…なら、いいけれど」

「我々がここに訪れ、話した事は内密にお願いします。」



 ママさんは一瞬だけ意外そうに眉を動かしましたが、すぐに妖艶な微笑を唇に浮かべました。



「もちろん。お客様の秘密を守るのも仕事のうちよ」



 こうして、その日は帰ることになった。

 事務所の重厚な扉が閉まり、夜の冷気が私たちの気持ちを重くする。


 背後からは、あのキュカちゃんの「キキキ……」という声が聞こえた。どこか遠くを見ているような不気味な笑い声。



「……申し訳ございません、ノーラ様。俺がもっと上手く立ち回れていれば」



 歩き出してすぐ、アルト様が悔しそうに拳を握りしめた。隣を歩く彼の横顔は、いつになく険しい表情をしている。



「いいえ。嘘や中途半端な真実は通用しなかったでしょうから。聖女の可能性があるキュカちゃんの居場所が分かっているだけでも今日は収穫です」



 私は自分の胸元に手を当て、まだ収まらない動悸を鎮めようと深呼吸を繰り返しました。



「後日、許可を貰うというのは……。殿下に直接交渉するという意味ですか?」

「はい。今の俺たちだけの裁量では限界があります。ですが、殿下も『本物の聖女』の所在が掴めそうだと知れば、情報の開示を一部認めるはずです。どこまで可能か確認してから再び訪れましょう」



 アルト様はそう言うと、ふと思い出したように自分の腕を見つめ、それから慌てて私から少し距離を置く。手の中からなくなった温もりに、不安から無意識にしがみついていた事に気がついた。



「あ……その。……もう事務所を出ましたし『恋人設定』は解除すべきでした…さっきまで気づかず。」



 急にぎこちない口調に戻った彼を見て、私は少しだけ笑ってしまう。



「はしたない真似をしてしまいましたね。……でも、助かりました。貴方の腕がなければ、私はきっと腰を抜かしていたから」

「……っ。頼りにして頂けて光栄です。本当に。い、いつでも頼ってください」

「でも…私は貴方を頼ってばかりになってしまうわ」

「貴女ほどの人が頼れる人間は、優秀な俺くらいのものです!」

「…そうかも知れないわね」



 私たちは夜の街を急ぎ、門限ギリギリで寮へと滑り込んだ。



 翌日。



 アルト様との約束通り、放課後は正門前で待っていた。


 街へ出ても周囲の目に留まらないよう、可能な限り装飾を省いた地味な色の私服を選び、フードを深く被る。

ほどなくして、人混みの向こうから二人の男性が歩いてくるのが見えた。


 一人は、同じく質素な茶系の外套に身を包んだアルト様。そしてもう一人、その隣で明らかに周囲の視線を吸い寄せている人物。



「ノーラ様、お待たせしました……」



 アルト様が、酷く疲れ切った顔でこちらへ歩み寄ってくる。その隣には、彼が必死に用意したであろう平民風の服を纏ったラインハルト殿下が、満足げな笑みを浮かべて立っていた。



「アルト様、これは一体……」

「……殿下が、自分も行くと言って聞かなくて。」



 アルト様の溜息混じりの言葉に、私は乾いた笑いしか出せなかった。

殿下は、慣れない安物の生地を物珍しそうに眺めながら、事もなげに言い放つ。


「探偵事務所…ワクワクするね」


 そう語る殿下からは、いくら質素な服を着ていても、隠しきれない気品がオーラのように溢れ出していた。仕立ての悪い麻のシャツを着ていても、まるで最高級のシルクを纏っているかのような優雅な立ち居振る舞い。街行く人々が、何事かと振り返っては、その「まばゆい平民」に目を奪われている。



「……殿下、せめてもう少し姿勢を崩せませんか? そのままでは、宝石をボロ布で包んで『これは石ころです』と言い張るようなものです。より宝石みが増すと言いますか…」


「庶民とは難しいのだな、これでも意識しているつもりなんだ」



 苦笑いする私に、殿下は悪戯っぽく肩をすくめて見せた。

横でアルト様が「もう手遅れですよ」と言いたげに、眉間を指で揉んでいる。



「……とにかく、行きましょう。殿下が説明して下さるのが一番手っ取り早いのは確かですから」

「分かっている。今日は影を薄くすることに全力を注ごう」



 そう言って殿下は少しだけ表情を引き締めたが、その美しい微笑み一つで、また近くを通った町娘が顔を赤らめて立ち止まった。


 私たちは、この「あまりに目立ちすぎる平民」を真ん中に挟み、再びあの職人街の奥へと足を踏み入れた。


 向かうはあの不気味な探偵事務所。


 聖女回避が叶う事を祈りながら、一歩一歩踏み出してゆく。


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