工房へ
管理室を出た私たちは、情報を整理しながら石畳の道を進む。抜ける風が、私の頬を冷やし少し心地いい。しかし、空へ視線を向けると日が沈み、ほんのり赤が残る程度。
そろそろ門限になってしまう。
今日中に見つけて来いと言われたわけではない。それでも、発見が遅くなり、聖女にされてしまったら…と思うと不安が襲ってくる。すると、少し前を歩いていたアルト様が振り返った。突然こちらを見るものだから、表情を取り繕うのに遅れたのかも知れない。
アルト様は私の目をまっすぐ見て、安心させるような明るい口調で声をかけてくれる。
「街の工房。時間帯。あそこに居合わせ、種を拾った女の子――。それだけで、調査の対象は万単位の市民から、数人にまで絞り込めます。大丈夫っすよ。絶対見つけますから」
「…はい」
私は、不安が滲んでいたであろう目に力を込めた。すると、少し表情が緩むアルト様の顔が見える。
「どうかしましたか?」
「あぁ、えっと…意地を張ったのではなく、本当に殿下と結婚が嫌なんだな…って思って。」
「最初からそう言ってます」
「そうっすね。よく理解しました。俺にもチャンスが残ってるんだって」
その言葉を聞いて思わず立ち止まる。
「アルト様は…したいのですか?私と…結婚」
「当たり前じゃないっすか!」
思ってたよりまっすぐ、その気持ちを向けられてドキリとする。
しかし…
「侯爵令嬢のエレオノーラ様に認められるってすっごい事ですからね。俺にとって。」
その向けられた気持ちは、恋とも言えない…ブランド扱い?な雰囲気に素直に喜べなかった。
「そう仰っていただけるのは、とても光栄なことですわ…。」
自分の口から出た言葉なのに、どこか他人事のような言葉が出てしまった。実際、今の侯爵領はお父様の力により安定している。私は代わりに王都での社交を担っているくらい。
今ある評価は、お父様が築いたもの…
私自身の功績ではない。
「ノーラ様?」
「…行きましょう、手がかりになる記憶が薄れないうちに…」
「そうっすね!」
そのまま、足早に目的地へ向かう。目的地は、石畳の路地が入り組む職人街。
入り口に掲げられた古びた歯車の看板が、ギィ、と風に鳴って歴史を感じる。ちょうど、店を閉じようとしていた職人の姿が目に入った。慌てて声をかけると「協力料を支払うからお願いします!」と頼み込み、店内へ通してもらった。
「この日、寮母が落とした種を拾ってくれた『女の子』を探しています。心当たりはございませんか?」
「女の子…それしか分からないのかい?」
その日の帳簿を開き工房の職人は難しい顔をした。
「この帳簿に『女の子』なんて呼べるような依頼人には居ないね…。寮母と、街の飲食店の爺さんと、パン屋の息子…後は騎士達がぞろぞろとやってきてね。忙しくて人の行動まで見てなかったな。依頼人の付き添いって可能性もあるのか。…それとも店に世間話に来た誰かだろうが…」
「そうですか…」
確かな情報を掴んだと思ったが、なかなか絞り込むのが難しいようだった。だから、私は別の聞き方をする事にした。
「このお店に訪れた方の中で、何か…普通の人とは違う、特技や人徳のある女性はいませんでしたか?」
「人と違う。特技や人徳??」
職人は腕を組み深く考え込む。
「あー…ただ『普通の人間と違う』ってだけなら、変な女の子が居るよ、近くに。」
私達は顔を見合わせる。変な…女の子??
「ほら、あそこ」
するとカウンターから出てきた職人さんは、街の大通りまで一緒に出てきてくれる。そして大勢の人々が行き交う中で、1人の女の子を指差した。
そこには何もない所を見あげ、ボーッとする少女がいる。そしてその少女が歩き出したかと思うと、何も無いのに何かを避けるようにフラフラと歩き出した。
それは聖女…と言うより不気味な少女だ。8歳くらいだろうか?
その様子を見たアルト様は。「『熟女聖女』疑惑の次は『幼女聖女』疑惑…殿下の婚期が遅れる…」と呟いて胃のあたりを擦った。




