俺の決断(アルト視点)
朝7時投稿は早すぎるとアドバイス頂きまして、朝9時投稿に変えてみました。明日は土曜日なので5話くらい投稿できたらいいな…と思ってます。
……少しの沈黙。
殿下を呆れさせてしまっただろうか。
おそるおそる顔を上げると、殿下は片手で口元を覆い、肩を小刻みに震わせていた。
「……くっ、ふふ……ははははは!」
爆発したような笑い声が執務室に響く。
「な!?殿下そんなに笑わないでくださいよ!!こっちはせっかく侯爵家から来た打診を保留にされて崖っぷちなんすよ!!」
「あはは、いや、…だってアルト…そう思うのが何故か分からないのかい?」
「なんなんすか」
「教えるわけないだろ?他人に言われて、そう思い込んでしまうのも良くないからね。」
笑いながら涙を浮かべる殿下に凄くモヤモヤとした気持ちがつのる。殿下はなぜだと思っているのか。答えが気になるのに、それを教えてもらえないというのは意地悪でもされているようだ。
ひとしきり笑った殿下は俺を見ると楽しそうに言う。
「で、正論で語るのが上手い君は何だと思うのかな?ぜひ、君の意見が聞きたい。」
そう聞かれ、俺は記憶のなかのものを総動員させて考える。
「一度、彼女を『未来の妻』として認識した為に…急に切り替えが出来ないからですかね?」
「君は人間の心の機微について赤子も同然だな」
「殿下は他人の心が分かるって言うんすか?」
「分からないさ。だからこうして君と共に知ろうとしている。だが分かっている事もある。」
「わかっている事…」
「君はエレオノーラ嬢との結婚を望んでいるということさ」
一瞬、何を言っているのだろう?と不思議に思う。さっきから侯爵家からの縁談を嬉しいと言っているのだから俺でもそれはわかる。当たり前な見解に拍子抜けした。
「それは自分でも分かります。」
「でも、何故そう思うかは分かっていないのだろう?更に好条件の者を紹介すると話しても尚、エレオノーラ嬢が良いと思う気持ちを」
この余裕…まるで子供を見守る親のようだ。
同い年である殿下が、何故か自分よりずっと大人に見える。だから今度は、俺の考えや気持ちは置いておき…殿下が何を考えているか俺なりに考えてみる。
「殿下は俺が、エレオノーラ様に『恋』をしているとでも言うんすか?」
そんな適当な言葉を口にした途端。殿下は驚いたように目を丸くする。殿下は俺がそれを思いつかないとでも思っていたのだろうか。それは心外だ。
「なんだ、君の辞書に『恋』という言葉がちゃんと記してあったとはね。君の辞書だけ手違いで『恋』が抜けてたのだとばかり…」
「失礼っすよ?殿下」
『恋』…恋って言うのは兄上の今の状態のように人を愚かにしてしまう。判断を鈍らせ自分の身をなげうってでも相手を想ってしまう。
それが恋ではないのだろうか。
俺がエレオノーラ様に感じるものとは違う。彼女がもし、誤った選択をするなら全力で止める。意見を共有し、どうすべきか徹底的に話し合うだろう。共に落ちるなど考えられない。
その関係は…多分、仕事に近いもの。
しかし、親友が俺の気持ちを考えようとしてくれているのは分かる。だから、今も俺を知ろうと聞く姿勢を保ってくれる親友に、どうにか伝えようと言葉を探した。
「ただ、こう……『しっくり』くるんです。彼女の隣に立っている自分が。彼女が公務や領地の難題に眉をひそめている時、真っ先にその意図を汲み取って、最適な資料を差し出せるのは俺だっていう確信がある」
そうだ。
あの夜会でもそうだった。
彼女が侯爵令嬢として、一人で貴族たちに立ち向かっていた時。俺は彼女の背中を見て「危うい」なんて思わなかった。しかし、女性相手には不躾な態度のやつが後を絶たないのもよく理解している。俺はそんな奴らを侯爵家の看板に傷がつかないよう追っ払う自信がある。
不遜な考えかもしれない。
だが、一度そう思ってしまうと、他の誰かが彼女の隣に並ぶ姿を想像するだけで強烈な違和感がある。
「随分な自信だね」
ラインハルト殿下が、面白そうに目を細めた。
「彼女は侯爵家の跡取りだ。君が婿に入れば、君の有能さは彼女の野心を支えるための道具になるかもしれない。それでもいいのかい?」
「むしろ、望むところです。俺の事務処理能力も、不測の事態への対応力も、全部彼女のために使い切ってやるって思えるんです。」
俺は立ち上がり、抱えていたクッションをソファに放り投げた。保留? 結構じゃないか。殿下のお陰でやる気が出てきた。
「俺、決めました。俺がいかに彼女に相応しいか……納得させるまでっすよ。正論で追い詰めるのは俺の得意分野だ。俺以上のパートナーは存在しないという事実を、彼女の伝えます」
「追い詰めてどうする?とも思わなくはないが。前向きになったのは良いことだ」
まだ説得するための準備は必要だが、やることは決まった。




