保留について(アルト視点)
「終わった……美しく気高い女性に選ばれたはずの俺の人生、始まる前に完結したんです……」
生徒会の執務室。
俺は豪華なソファに深く沈み込み、愛用していたクッションに顔を埋めて悶絶していた。
「何をそんなに絶望しているんだ? パーティーの前の君は、真実を見つけた!と、それはもう騒がしかったじゃないか。」
「ええ、そうです。あの時は、父上の書斎に忍び込んで…打診の内容を確認したんですから。この目で、しっかりと。何度も読み返し、幻覚ではない事を確認しました。そして有頂天になってました」
「エレオノーラ嬢は君を最初から指名していた、ということを知れたからだろう?」
「…はい」
ラインハルト殿下は、いつもと変わらぬ手つきで紅茶を嗜んでいる。
「兄上の婚約発表が終わったら打診について話そうとしてたんすけど…しかし、やっとお話ができる!となった場で…彼女は父上に『保留』にするって言ったんです」
「……へぇ?パーティー中の彼女の様子はどうだったんだい?最初から君を指名していたとは言え、話の進んでいた長男とエリザ嬢の婚約発表だ。いい気分ではなかっただろうね。」
殿下の問いに、俺はさらにクッションを強く抱きしめた。
「俺は…隠れててエレオノーラ様の様子までは…。」
「なぜ隠れる必要がある」
「……だって、エレオノーラ様が、あまりにも美しすぎて……。あのお方が俺の妻に?なんて考えたら 緊張で足がガクガクして、話しかけるタイミングを完全に失ってました……」
過度な幸せは、足腰に支障をきたす。
「私の側近ともあろう人物が情けないね。それで?」
「例の騒動は、完璧に俺がフォローした自信があります…。以前、侯爵家に怪しい動きがないか調べたばかりでしたから。」
「エレオノーラ嬢にとっては幸運なことだったね」
俺は、侯爵家に悪い動きはなく白だと知ってから。疑ったことに少しの罪悪感があった。しかし、その調査が彼女を救う結果となり気持ちが軽くなっていた。
それなのに、どん底に落とされるとは…
「後日、侯爵家の別邸に呼ばれて父上と行ってみれば何か考え込むように『保留』と」
「……そうか」
殿下はティーカップを置き、真っ直ぐに俺を見つめた。
「だいぶ落ち込んでいるようだね。上の貴族から求められたから喜び、白紙になりそうで落ち込むのかな?」
「そうっすね…求められれば誰だって嬉しいです。格上なら尚更、俺達は貴族ですから。常に条件の良い縁談を求めるのは当たり前です」
「ならば、落ち込む君に…エレオノーラ嬢より条件の良い令嬢を君に紹介しよう。エレオノーラ嬢は優秀だが、それでも侯爵家に婿入りしながら私の側近は大変だろうからね。」
「…紹介ですか?殿下直々に縁を取り持ってくれるんですか?」
「ああ。どんな令嬢がいい?」
今まで、殿下が俺に令嬢を紹介する…なんて提案はなかった。殿下は側近となる人物の結婚相手まで考えてくださるのか…。改めて自分の仕える主君に感動する。
だけど…
だけど、何故かモヤモヤとする。
貴族なら誰もが家格が上で自分の家にとって有利な人物を狙う。俺だってモテたい!と思いながらも求めてくれる女性がいるなら、その中に良い条件の令嬢がいれば良いなと思っていた。
本当にそれだけでいいなら、殿下が紹介してくれるという「エレオノーラ様より条件の良い人物」と婚約するのが一番良いに決まってるのに。
自分の中に別の要求がわいていた。
「……それは、その……分からないっすけど……」
自分の胸元の衣服を握る。
すると、ポツリと言葉が漏れた。
「殿下にそこまでして下さるお気持ちがあるなら……。エレオノーラ様より条件の良い相手を探すのではなく、どうか、俺とエレオノーラ様との縁談を後押しして欲しいんですけど…」
言い切った瞬間、自分でも「何を言ってるんだ俺は」と思う。一度ダメになった縁談より、新しい縁談の方が上手くいくだろうに。
殿下は、動かずに俺を凝視している。その沈黙が俺より俺を知っていると言うようで怖い。
「……そりゃ、格上なら嬉しいとさっきは言いましたよ?しかし、こうして殿下が紹介して下さるかもしれない…と言う現実味が帯びて考えて見ると…なんだか違う…。思い出しちゃうんすよ…エレオノーラ様の事を。別の女性を思い浮かべようとしても、どうしてもエレオノーラ様が出てきて…仕方ないんです…」
クッションに顔を埋め、ポツポツと本音を吐き出す。




