私らしくない決断
アルト様はいつも通り頼りになる存在。
そして、可愛らしい。
私の心臓がまた少し速く鳴る。でも、今はそれを抑えなければ。
彼はようやく口を開いた。
「……エレオノーラ様。俺は……婚約の打診をいただいたと知った時、驚きましたが……光栄に思っています。でも、保留というのは……俺に何か、足りないところがあったのでしょうか?」
彼の言葉に、胸がぎしりと痛んだ。
足りないのは彼じゃない、私の方だ。愛を求めながら、彼の好意を確かめきれていない自分自身が。
「いいえ、アルト様。貴方は十分すぎるほど優秀です。ただ、私が…少し疲れてしまったのでしょうね。今は結婚にまで考えが及ばなくて」
伯爵様が立ち上がり、深く頭を下げた。
「分かりました。ゆっくりお考えください。」
話し合いが終わり、伯爵様が部屋を出て行き、アルト様もそれに続く。去り際、彼は一瞬だけ振り返り、私に視線を送った。その瞳には、複雑な感情が渦巻いているようだった。私は静かに微笑み返したが、心の中は嵐のよう。
愛なんて、侯爵家唯一の後継者である私には贅沢すぎるのに。
「はぁ…」
誰もいない部屋で、私の溜息だけが響いた。
体が重いような…スッキリしない気持ち。
「なんで、保留だなんて言ってしまったのかしら…迷わず奪ってしまってから『愛を育みましょう?』と言うほうが私らしいというのに」
なんだか…自分が今まで通りの自分には思えなかった。
… 数日後。
多くの手続きを終えて学園に戻った私は、いつものようにカフェテリアでサティと座っていた。
「色々お疲れ」
「ありがとうサティ、やっとって感じよね」
「ほんとだよ」
窓から差し込む陽光が、テーブルの上の紅茶を優しく照らす。エリザさんの事は、学園内でも噂になっていた。けれど、それは侯爵家の慈悲で商会が傘下に入るだけで許された美談となっていた。エリザさんは学園を退学になり、長男とともに商会を手伝うことに決まっている。
噂話が周辺生徒から聞こえる中、親友のサティは私の話しに驚いていた。その話を信じられない!と言うように聞いてくる。
「ノーラ…本当に保留にしたの? せっかく婚約が叶うはずだったのに!」
彼女は私の親友として、全てを知っている。
「ええ。なんだか…エリザさんに呪いでもかけられた気分。」
「エリザの呪い?」
「ふふっ、そう言ったら失礼かも知れないけれど…こうも愛のない結婚を虚しいと思ってしまうなんて。いつもの私ならあり得ないもの」
サティは私の様子を観察してから腕を組み、頷く。
「確かに…ノーラっぽくないけど。でも、 アルト様はノーラのことが好きなんじゃないの? パーティーでも守ってくれたんだから」
「好き……? それは、彼の正義感よ。筋が通らない話が嫌い…というか…誰かを守るために動ける人だもの。私への好意なんて、きっとないわ」
サティはため息をつき、フォークでケーキを突つく。
「鈍感なのは彼だけじゃないみたいね。ノーラも相当よ。」
私は紅茶を啜りながら、窓の外を見る。
そこには偶然、ラインハルト殿下とアルト様が歩いている姿が見えた。アルト様は何か熱く語っているようで、殿下は微笑んでいる。
あの二人の絆は、羨ましいほど強い。
そう察する事ができるのだから…彼から恋心を感じ取れないなら…そうなのではないか?と思う。
すると、殿下がこちらに気づいたようで、軽く手を振ってきた。私は慌てて会釈を返す。すると、アルト様も視線を向け、すぐに目を泳がせる。
きっと婚約を保留に…だなんて半端な事をしたから印象が悪くなったんだろう。
「……」
私が少し落ち込んで見えたのか、サティが話題を変えてくれる。
「そう言えば、種…どうする?早めに土へ植えるべきなの?コレ」
「そうね、育て方も教えられず配られて。それすらも不明よね」
そう言われてポケットから取り出した種。それは学園の女子生徒、全員に配られた種だ。
「芽が出たら幸せを呼ぶ、なんてね。そんな迷信じみたものが学園で配られるなんて不思議」
ふふっと笑うサティは、きっと伯爵家次男との幸せな未来を想像したのだろう。
「先生も『おまじない』みたいなものって言っていたわね。芽が出る事の方が稀だから、落ち込まないでねって。おまじないなら育てやすい種にしてくれても良いのに」
「本当にそれよね」
私達は種を眺めながら笑った。サティといる時間は落ち込む気持ちを一時的に忘れる事が出来た。




