これはダブルデート
勘違いされているであろう状況。
だけれど大丈夫、安心して欲しい。
そんな気持ちを込めて、誤解を解くためにすかさず彼に近づき耳打ちしする。
「親友のサティが、ですよ。ほら見てください!あのぴゅわぴゅわ空間を!?私はどうしたらあの空間を進展させられるのですか!?」
彼は、真っ赤な顔で固まっている次男と、私の姿で隠れてしまっていたのか、その向かいに同じくお顔を真っ赤にしたサティの存在にやっと気付いてくれる。
そして、必死な顔をしている私と彼らを交互に見て、深く息を吐いた。
アルト様は、私の必死な形相と耳打ちされた言葉に、一度、二度と瞬きをさせると安堵の表情に変わる。
「……サティーナ様が、次兄上と?」
彼はまだ信じられないといった様子で、テラス席の二人を凝視する。そこにはまだ、紅茶のカップを片手で持ったまま動かない次男と、胸の前に乙女のように重ねた指先を、いじいじと動かす親友。
会話はゼロ。
ただ、二人の周囲だけが、まるで砂糖をぶちまけたかのような甘ったるい空気に支配されている。
アルト様は状況を理解したようだ。
「はぁ、もぅ…なんすか…そういうこと?紛らわしい」
彼は大きな溜息をすると「すぐそちらに行きます」とお店に入り口へ向かってくれる。
入店した彼は、スタスタと迷いなく私の席へ隣に腰を下ろす。すると、まるで観劇でもするかのように静かに背もたれに体を預けた。
「アルト様… 助けてくださるのでは?」
私が小声で尋ねると、彼はただ首を振る。
「いえ、これは……放っておきましょう」
「ええっ!?でも、これでは上手く行くものもいきません」
「いいえ。うちの次兄は、こう見えても瞬時の判断には長けた男です。そしてサティーナ様も、今はパニックになっていますが、本来は聡明な方。なんとかなります。……今、俺たちが下手に割り込んで会話を回してしまったら、二人は一生『周りに助けてもらう関係』から抜け出せなくなるかもしれません。それこそ2人の進展を妨げる。」
アルト様はそう言って、運ばれてきたカップを受け取り勝手に紅茶を注ぎ、優雅に一口啜る。その様子に、私も一緒になって口を潤した。
「今は、あの『ぴゅわぴゅわ』を存分に味わわせてあげるのが、家族としての、そして親友としての愛というものです」
「そんなものでしょうか……」
私は半信半疑で二人に目を戻す。
相変わらずの沈黙。
その沈黙は、言葉にならない想いが渋滞しているだけの、とても純粋な時間。
「……確かに。私が喋りすぎて、この空気を壊してはいけませんね。これもこれで楽しい時間なのでしょう」
私もようやく肩の力を抜き、アルト様と同じように背もたれに身を預けてみる。
「…」
「…」
「…」
「…」
…とても暇だわ。
二人の恋路を見守るのはいい。しかし、この時間がとても暇に感じた。だから、店の人間に軽く手を上げて合図を送るとメニューを持ってきて貰った。
「せっかくですからアルト様もご注文を…その前に急に呼んでしまい申し訳ありませんでした。お時間は問題ありませんか?」
「用事は終えて寮に戻るだけでしたから、大丈夫です。」
アルト様はゆったりとメニューを開き真剣な眼差しで選んでいた。
「ここは兄上の奢りだろうし、一番いいやつ頼まなきゃ損っすよね」
「ふふっ、そうかも知れませんね。先ほどこのケーキがお勧めだとお店の方が言っていましたね。」
私は隣からメニューを覗き込むと、そのケーキを指差した。しかしアルト様は渋い顔をする。
「確かにこれは高値ですが…フルーツよりクリームがたっぷりのほうが好みで…いや、むしろケーキではなくこっちの軽食にすべきか。夕食代が浮くし…格段に高い」
「軽食メニューも豊富ですものね。軽食で一番話題なのがこちらですよ」
「へぇ、美味しそうっすねぇ」
何だか、デートみたいだな…って思う。アルト様の口調もラインハルト殿下とお話する時のように少し砕けてきた。私はメニューと真剣に向き合うアルト様にそ~っと寄り添うように椅子を寄せて近づく。そうしてみると、ダブルデートにでも来ているような空間が仕上がる。
コレはいい。楽しくなってきた。
「ですが、ノーラ様はケーキを食べ終えてますし紅茶を飲み終えたら帰られるのでしょう?残って一人で軽食を食べるのは居心地が…」
「問題ありません。あの二人の進展具合、まだまだかかりますわ。」
すぐ隣の二人を見ると、やっと視線を合わせられるようになってきていた。そして視線が合うと頬を染めて逸らす。多分、ここから視線を合わせる時間を徐々に延ばしていくのだろう。とてもじれったい、けれど何だか羨ましい。
「それに、2人が帰ると言い出してもアルト様のお食事が終わるまで私が同席いたします。」
「え?いいんすか!?」
「はい。アルト様を引き留めたのは私ですもの。いっそ、私も頼もうかしら…軽食メニュー」
「それなら俺も気楽に食べれます。」
「ふふっ、どうぞ気楽に」
アルト様は、軽食の一番高いお肉の料理を注文。私は軽く食べられる上に、食べるペースを合わせやすいサンドイッチを注文した。
結局、それから一時間ほどの間、サティと次男が交わした言葉は「美味しいですね」「……はい」の二言だけ。
これが本当の観劇なら真っ先に「金返せ」と言うだろう。




