<7>港町に広がる噂
数ヶ月ぶりに訪れた領地は相変わらず活気に満ち溢れていた。
さすがは国内随一の漁師町。早朝の競を経て、卸されたばかりの鮮魚を使った食事処もすでに暖簾を上げていた。
それもあってか、まだ午前中だというのに人通りはかなり多い。道行く行商人に声をかける露店の主も精を出している。
この地域には我がクロイツェル家の商会があるから、呼び込みは大抵失敗に終わっているけれど、そういったところにこそ掘り出し物があるものだ。
器用が売りな土地柄、形の悪い珊瑚や小粒の真珠を加工して、安価で売りに出すその工夫と技術はなかなか侮れない。行商人からは相手にされなくとも、旅行本で特集を組まれるくらいには観光客から人気がある。
「おや、坊ちゃん。戻られて早々お出かけで?」
「ちょっと視察にね」
市場に粗悪品が混ざっていないかチェックしがてら、軽く世間話を交わしていく。
彼らを信用していないわけじゃないが、この地の責任者一族として、価格に似合う質の商品が適正に出品されているか確認する義務がある。
それに、領民の言葉を直接聞いて回ることで得られる収穫だって多い。
「今朝からマーレ食堂に新人が入ったらしいでっせ」
「これがまあ使えないんだって、女将さんが嘆いていて」
「オイラも見たぜ。あれは相当な美人だが、お高く留まっていてよぉ」
通常の貴族なら卒倒してしまいそうな、港町特有の口調と内容。人情味があって悪いばかりでないのだけれど、そう思うのは平民であってもきっとわずかだろう。
「王都からの人手かもな」
景気が良いこの街に仕事を求めて流れ来る民は珍しくない。ただ、荒くれだった者の少なくない気風が合わず、すぐに辞めていく労働者が大半だった。
元来おおらかで温かみのある領民が誤解されるのはつらいが、その一因が昔気質な性質だというのだから庇いようがないというのが正直なところ。
「お手柔らかにしてやってくれよ」
せいぜい俺にできるのは注意を促すことくらいだが、自覚のない彼らにどこまで効果があるものか。いまいち測りかねているのが現状だ。
まあ、俺が後で覗きに行けばいいだけの話か。
「昼はマーレ食堂を訪ねる。念のため先触れを出しておいてくれ」
言いながら振り返るとギュンターが小さく頷いた。彼に任せておけば、そう仰々しくなりすぎることなく現場へ向かえるはずだ。
一通り露店や市場を眺め終えると、今度は建物の中に構える個人店を巡っていく。
農場を持つ貴族の領地に比べれば狭いだけで、街としてはそれなりの広さがあるから全部を一度に回ることはできないが、それでも定期的にどの店にも顔を出すよう心掛けていた。
傍から見れば放蕩息子のお遊びでも、これはこれで犯罪の抑止に繋がるし、店単位ひいては街全体の改善点の発見に役立つこともある。
特に生鮮食品を扱う店が多いので衛生面についてはかなり厳しく指導してきた。その甲斐あって、食中毒の被害は激減している。俺が管理するようになってからは、発生率が常に王都の十分の一以下に留まっているというし、これだけでも有意義と断言していいだろう。
「ジェームズ様、準備が整ったようです」
ギュンターの呼びかけに時計を見ると、ちょうど短針が真上を指していた。
「ありがとう、うちの商会へ行くのは午後にしよう」
せっかくの平日昼時だから領民に混ぜてもらいたい。さすがに同じ卓を囲むことはできないが、彼らの近くで食事を取るのは賑やかで昔から好きだった。
目指すは新人が入ったばかりと噂のマーレ食堂。地元の食材をたっぷり使った定食が近隣住民の評を集める、客足の途絶えない人気店だ。
幼い頃からの馴染みの店なので、女将はもちろん従業員とも面識がある。すぐに新顔が誰かも見抜けるだろう。
「もし困っているようだったら助けてやらないとな」
あそこの女将は大雑把なのに、余所者には少し神経質な気がある。根は明るい人なのだが、警戒心が人一倍強いのだ。それでいて、稼げることに対しては貪欲。
そんな風だから目に見えた差別こそしないが、これまで何度か王都からの人員と揉め事を起こしてきていた。
その度に駆り出され、彼女の面子を潰さないようにして、問題を解決に導いてきたのが実は俺だったりする。
とはいえ、今のところ大惨事に発展した事例はない。中には食堂を去った者もいるが、基本は円満退職で済んでいる。女将の紹介で別のレストランに勤めるようになった料理人もいるくらいだ。
「今回はどうだろうか」
何事もなければそれでいいが、露店商の話の通りなら、すでにひと悶着起きていそうな気がしてならない。
そして、その不安は当たっていた。




