<31>計略はロマンティックに
周囲は止めたものの、ある意味純粋で真っ直ぐな主人公は制止の声も聞かず、強行すると宣言したらしい。
それで「さすがに次期王太子妃を一人で行かせられない」と第一王子も着いてくることにしたのだという。
書簡には「王族の泊まれるような宿屋がクロイツェル領にはないから、シリルと共に屋敷に滞在させろ」という旨のみが記されていたから何かと思えば。まったく碌なことを考えない。
滞在許可なんか出したら、エバンの居場所まで教えてしまうことになる。
それだけは絶対に阻止せねば!
「エバンの魔力を渡すって考えるだけでも虫酸が走る」
寒いわけでもないのに鳥肌が立ちそうだ。せっかく淹れたココアもとうに冷めている。
今年は早めに暖炉に火をくべさせよう。
「ジェームズ……」
嗜めるように呟いたエバンの肩に腕を回したその時、
「お邪魔しまーす!」
「失礼するよ」
ノックもそこそこに、嵐のような母上と父上が談話室に現れた。
「もしかして、お邪魔しちゃった?」
面白いものを見ちゃった、とニヤニヤ口角を上げる母上がシリアスな雰囲気をぶち壊す。
「無礼ですよ」
注意しても素直に聞くような人ではない。
「僕たちだけ仲間外れなんてずるいじゃないですか。ねぇ、同席しても?」
俺に尋ねれば追い返されるとわかっていて、エバンに問うから質が悪い。
「もちろんです。お掛けになってください」
許可が出るなり遠慮の「え」の字もなく、母上は父上の腕をとって俺たちの正面を陣取った。
「なにやら愉快なお便りがあったとか」
すでにだいたいの事情は把握しているらしい。
何が「仲間外れ」だ、白々しい。
「殿下とシリル様がお越しになるそうで」
それにしても、心細そうなエバンも美しい。
この横顔だけでも一億以上の価値がある。母上にはない殊勝さだ。
「可愛い未来の嫁を困らせるなんて許せないな」
勝ち気すぎるのは母上だけでなかった。
足を組む彼の隣で空気と化していた父上が唐突にとんでもない発言を投下する。
「一計を案じるのはどうだい?」
ポカンとする俺とエバン。対するギュンターと母上は、珍しく頼もしい家門の主に目を輝かせていた。
「正式な文書で届いてしまったんだ。男爵家に拒否権はない。謝絶できないのなら、利用させてもらうまでだ」
いつになく力強い言葉だった。さすがクロイツェルを長年率いているだけのことはある。
「しかし、どうやって……!」
相手は王家。策略に嵌めて諦めさせるなんて簡単なことじゃない。
「公開プロポーズをするんだよ」
まさかの提案に少し惑う。目を瞬かせると、母上が父上の補足をするように口を開いた。
「皆が見ている前で成された婚約を無理に破棄させるようなことをしたら、きっと王族の評判に傷がつくよね」
権威は万人が認めてこそ効力を発揮する。裏を返せば民からの信任がなければ、王家は成り立たないということだ。
「できるだけ目立つ方がいいな。すぐに話が広まるように各所から人をかき集めて」
世間の反感を買う真似を、できるだけしたくない彼らはきっとエバンを諦める。そして、世論がエバンに味方すれば、彼作の魔道具も渡さなくて済むかもしれない。
元婚約者を断罪しておいて、その人の用意した甘い蜜だけ啜らせろというのは、誰が聞いてもおかしな話なのだから。
「そうだ、お祭りを開こう。国内屈指の豊かさを見せつけて羨ましがらせたい!」
後半は母上の願望な気がするけれど、悪くない。民の血税で生きる王族には不可能なほど豪勢にすることだって俺たちにはできる。
贅沢を美徳としない国民性だが、私的な財産で経済を回すのは貴族の仕事。
特に成金で名が知れているクロイツェルのやることなので、金を使って責められることはまずない。ここぞとばかりに思いっきり大盤振舞させてもらうとしようか。
「その話乗りました。エバン、君へのプロポーズを見せ物みたいにしてしまってすまないが、許してくれるかい?」
「何を今更。謹んでお受けする覚悟だよ」
オーケーしてくれるんだ。それが前提の話であったが、改めて了承を得られると、なんだか胸にジーンッと響くものがある。
「ありがとう。決して君を蔑ろにするわけじゃないからね」
「私のためだろう? わかっているさ」
さっきまで目を白黒させていたのに、話を振られると途端に神妙な面持ちになるのも愛らしい。快く頷いてくれた彼のためにも本番はロマンチックにいきたいところ。
「決まりだね」
パンッと母上が手を叩く。明るい調子なのかと思いきや、その顔は底意地悪そうな笑みに染まっている。
「成功を期してココアで乾杯といこうか」
母上の冗談めかした提案に笑うエバンの後ろでは、耳をそばだてるギュンターがいそいそとティーカップの支度をしていた。




