<30>お騒がせ主人公様
前言撤回。やはりシリルは災厄でしかなかった。
あの我儘小僧を叩き潰してやりたい。しかし、実際にやろうものなら打ち首待ったなし。
代わりに手元にあった紙を握り潰してみるが、すっきりするどころか余計に腹が立ってきた。
ここが談話室なんかじゃなく自室だったなら口汚く罵っていたかもしれない。
気を紛らわすように窓の外に目を向ける。
今日の空は俺の心を映したように荒れていた。秋らしく木々を揺するように風が吹き荒び、雷の音が今にも聞こえてきそうなほど曇っている。
「ジェームズ、落ち着いて」
隣ではエバンが不安げに眉を下げていた。彼には笑顔でいてほしいけれど、これはこれで儚い感じがしていい。
「すまない」
縋るように腕を掴まれて少し溜飲を下げる。
それと同時にギュンターが咳払いをして、俺の手に握られたものへ視線を落とした。
「王家からのお達しですよ」
呆れたようなジト目が地味に痛い。主人の方が冷静を失ってどうする、と暗に言われている気分だ。
「ありえないだろう」
ぐしゃぐしゃになった便箋には封蝋と同じ薔薇の紋章が入っていた。紛れもない正式な文書の証だ。
「誰がどこに泊めてほしいだって?」
頭痛の気配を感じて額を押さえる。
「王太子殿下とシリル・コットン様をクロイツェルの屋敷に、です」
せっかく淀みなく答えてもらったところ悪いが、聞きたいのはそういうことじゃない。
「まあまあ、お二人は私がここにいることをご存じないのだろう?」
確かにその通りだ。所詮は一方通行の因縁に近い。
この件だけで言えば、シリルたちに悪気はないのはわかっている。しかし、だからといって 易々と受け入れるわけにはいかない。
「彼らはエバンを探しているんだぞ!」
万が一にでも優しい彼が犠牲になるようなことなどあってはならない。
「あの綿あめ頭、脳内まで甘々なのか」
眉を 顰める俺にギュンターも苦悶の表情を浮かべる。
重い空気が室内を覆っていた。
第一王子からの書簡が届けられたのは、わずか数分前のこと。
先ほどまでは和気あいあいと魔道具談義を繰り広げていたはずだ。少し冷える時期になったからと、温かいココアを用意するとエバンは嬉しそうにカップに口をつけていた。
それなのに、なぜこんなことになったのか。
考えるまでもない、全部シリルのせいだ。
主人公様はこんな辺鄙な地にも影響を及ぼす力を持っているらしい。
発端は例の魔道携帯。流行りに敏感なシリルが手に入れたいと触れ回っているのは知っていた。
第一王子は恋人のおねだりを叶えてやりたかったようだが、生憎王家はクロイツェルと親しくはない。
貿易船のことで王家が横暴をしようとした経緯もあり、険悪とまではいかずとも敬遠し合っている、というのは周知の事実。そんな家門においそれと声はかけられない。
そう考えた第一王子はまず周囲の貴族を使ってきた。クロイツェルには内緒で秘密裏に魔道携帯を手に入れられないかと打診した。
だが、世の中そんなに甘くない。シリルの取り巻きでもある宰相の息子や騎士団長の息子はもちろん、彼に近しい家門はどこもうちとは疎遠だった。
皆頑張って伝手を辿ってはみたようだけれど、そんなのは想定内。俺たちにはお見通しだ。直接取引しか受け付けていないとして全て突き返した。
そんなこんなで痺れを切らした第一王子。今度は自ら筆を取って購入希望を伝えてきたのだが、もちろんこれも拒否。
俺はエバンと工房の努力の結晶を信頼のおける顧客にしか売りたくないので、権威に抗ってでも何かと理由をつけてお断りを続けていた。
いくら王族であっても、さすがに離れた土地にいる人間に無理強いはできない。結果として、第一王子の作戦はまたもや失敗に終わったというわけだ。
しかし、それで諦めるシリルではない。
第一王子が交渉に破れたと知ると、何を思ったのか、今度は本人自ら現地に乗り込むと言い出したのだ。




