<29>身勝手な捜索
クロイツェル男爵令息に恋人ができた、という噂が近頃貴族を中心に広まっているらしい。
爵位で数えれば下っ端の、俺なんかの恋愛事情が気になるなんて。社交界はよほど暇なのだろうか、などとも考えたが、おそらくそういうことではない。
確かめなくてもわかる。皆俺個人に興味があるのではなく、先日販売を開始した魔道携帯に関心を寄せているだけだ。
ビジネス的な意味で親交の深い、一部貴族に限定して営業してみたところ、これが大反響を呼んだ。特に年若い令嬢の間で流行っているようで、わざわざ紹介を受けて新規顧客になってくれる家門まで現れたほど。
これには両親もにっこり。
彼らもまた本来ピアスであるものをカフスボタンに変えてもらって、仲睦まじく愛用している。耳飾りにするよりかは魔石が大きいから魔力のない父上でも使えるのだ。
おしどり夫婦を無料の広告塔にしようと贈ったものではあるが、職務中の相談がスムーズになったと二人ともが自慢して回っているおかげで、ターゲット層以外からの需要も増えつつある。
屋敷の主人が執事に持たせたり、子供に着けさせたり。その用途は実に様々。
俺としても、日中エバンと連絡できる手段ができて大助かりだ。
いつ通話がかかってきてもいいように、いつにも増して精力的に仕事に励んでいる。
そのおかげか、
「羨ましいだろう? エバンの瞳と同じ色の魔石なんだ」
とギュンターに自慢しても、
「精神安定が図れているようで何よりです」
以前ほど切れ味鋭い言葉は返ってこない。
ただ、一方で悩みの種もある。
小さな石でもこれまでつけていなかったピアスはそれなりに目立つみたいで、勘繰られることが増えたのだ。
「さてはクロイツェル卿、いい人でもできたのですかな」
向こうもそれが売り出し中のペアアイテムとわかっているから、事業主との世間話のつもりなのだろうが、相手が相手なだけに大っぴらにできないのがつらい。
「私たちの関係はまだ内密にしておこう」
エバンはそう言うが、毎回半笑いで追及を躱すのも彼に失礼だし、いっそのこと公表してしまってもいいのだが、面倒なことにそういうわけにいかない事情がある。
魔道携帯の評判が中央を駆け巡り、シリルの耳にまで届いたのか、王家から「ぜひとも手に入れたい」との打診を受けたそんな矢先だった。信じがたいニュースが飛び込んできたのは。
「ジェームズ様、大変です!」
どこかデジャヴを感じさせる、ものものしい様子で書斎に乗り込んで来たギュンターが俺に新聞を押しつける。
ここまで走って来たのだろう。彼が呼吸を整えている間に、渡された紙面に目を通すと、そこには衝撃的な内容が書き連ねられていた。
「エバン・アルベール元公爵令息の捜索開始」
思わず見出しを読み上げるけれど、いまいち現実味に欠ける。
「どうやらシリル・コットン様の王妃教育が芳しくないらしく、エバン様に王太子妃としての業務を肩代わりさせるつもりのようです」
それって結局エバンを側妃に置くってことじゃないか。
ギュンターの要約で事の次第は把握できたが、王家の思惑までは理解したくない。
「何を今更」
吐き捨てても事実は曲げられない。だけど、いくらエバンが優秀だからってこれはないと思う。
同年代の主たる貴族の子女が集うあんな場所で堂々断罪しておいて、都合が悪くなったから呼び戻そう、なんていうのは王族といえどもさすがに無礼すぎやしないか。
そう思っているのは俺だけでない。ギュンターも同じくらい憤慨している。
「おかしな話ですよ。エバン様はもうクロイツェルのお方です。みすみす逃がすわけにはいきません」
普段は飄々としていても、彼だって血の気が多い港の男だ。
仲間意識が芽生えているようで何よりだが、この言い方だとこちらが悪者みたいでいけない。
「かくなる上は早急な婚姻です。さっさと求婚して既成事実を作っちゃってください!」
そうすれば王家であってもエバンを俺から引き離すことはできない。
正直主人公カップルとは関わりたくないし、さっさと式を挙げてしまうのが吉なのだろう。しかし、それには時間を要する。
「近頃は領民以外にもエバン様の存在を知られつつあります。まだご本人だとは気づかれていませんが、ものすごい美人をジェームズ様が屋敷で囲っているという噂も出回っていますし……」
まあ、帽子を着せてもあれだけ目立つなら、そうなっても仕方がない。
訪ねてくる商売相手からは遠ざけているけれど、このままずっと一生室内に閉じ込めておくわけにはいかないしな。エバンにはなるべく自由に過ごしてもらいたい。
「どうしたものか」
先にプロポーズだけ済ませたとしても、それでは単にエバンがうちにいることを知らせるようなもの。根本的な解決には至らない。
そもそも彼が結婚まで受け入れてくれる保証だってないのだ。
これ以上エバンに心労をかけさせたくないのに。シリルのやつめ、勉強くらいちゃんとしておけ。
「まったく迷惑なお騒がせ野郎だ」
心の中で悪態をついたつもりが、がっつり声に出ていたらしい。
「ジェームズ様こそ遮音の魔道具があって良かったですね」
かつてのやり取りを根に持っていたのか、イライラが最高潮に達しているのか、嫌味が飛んでくる。
「眉間の皺も伸ばしてください」
「お前もな」
軽口の応酬で気を紛らわせながら、目の前の課題に頭を働かせる。
せっかく社交シーズンが終わってお誘いの手紙も少なくなってきたというのに。また処理しないといけない案件が増えてしまった。
でも、これもまたエバンと共に生きるための試練なのだと思えば、そう悪いことばかりでもないのかもしれない。




