<28>時間外労働カップル
エバンと恋仲になってからまたしばらく経った。相変わらずエバンは工房に通い詰めで、職場で話す機会はあまりない。
それでも、バルコニーでの逢瀬のおかげで普通の貴族のカップルよりも共に過ごす時間は長い。
交際は至って順調。休日には港町に繰り出して市場で買い食いをしたり、大道劇を見に行ったり。王都のような華やかなデートスポットはないけれど、のんびりとした雰囲気が自分たちには合っている、とエバンも楽しんでくれている。
この日は二人で書庫に籠っていた。
長椅子に並んで座って、身を寄せ合って、一枚の紙切れを覗き込む。
「ジェームズ、この部分には 真鍮を使おう。加工がしやすい」
「じゃあ、こっちのデザインの方が映えるか」
子供がする作戦会議みたいだが、れっきとした商売の話である。
「貴族向けだから流行りに左右されるものよりも、飽きの来ない高級感あるものを採用しよう」
ペンを走らせる手の甲に、エバンの髪の気配を感じる。
触れそうで触れない毛先には枝毛の一本も混ざっていない。
「暗号で書かないでくれよ、私が読めないじゃないか」
「ごめん、つい手癖で」
ぷくぅと膨らむ薔薇色の頬が可愛らしい。指先で突くとすぐに萎むところに愛嬌を感じる。
「石の細工はどうする? 定番だけど、ファセット・カットが見栄えは一番しそうじゃないか」
ちょっと前まで休みの日らしく優雅なティータイムを堪能していたはずなのに、俺たちはどちらも真面目な仕事人間。
紅茶を嗜みつつ、世間話に花を咲かせていたものの、工房の話題に移った途端盛り上がりすぎたらしい。気がつけば書庫にいて、なぜか新作魔道具のアイデアを練っていた。
「完成したら主力商品になってくれそうだ」
元々前世の家電を基に書きつけていたものではあるが、優秀な魔法使いの手が加わると、構想が一気にリアルになる。
「それにしても、まさか君がすでに予見して図案を練っていたとはね」
尊敬の眼差しを向けてくるエバンの純粋さが胸に刺さった。
「いやいや、妄想レベルのことをエバンが実現済だったことの方が驚きだよ」
本当にいつの間に実験していたのか。エバンの魔力を魔石に充填する技術を開発したとの報告を受けたのは、ほんの数刻前の出来事。料理長特製マカロンに齧りついた時のことだ。
そんなことは寝耳に水。企画があること自体まったく知らされていなかったから、初めて聞かされた時には腰が抜けるかと思った。
「私は魔力を供給しただけで、功績は回路を組んだ工房にあるから」
エバンはそう謙遜するが、もはや前人未到の領域。
本来魔道具は人の魔力のみで動かすか、魔石を消費するかの二択のみでしか利用できなかったのに。エバンの魔力を魔石に注ぐことで、従来よりも魔道具に入れる魔石の、交換回数を減らすことに成功したのだという。
しかも、魔石自体の魔力がなくなっても、エバンの魔力を再び注いでやれば再使用できるときた。
まるで充電式の電池。こんなの普通の魔力量じゃ到底できない。言わば力業だ。
「普通の石を魔石に変えるのには失敗したが、同じ魔石を使い続けることができるのは面白いだろう?」
事もなげに告げられた時、背中にどれほどの衝撃が走ったことか。
「天才すぎる……!」
これなら新しい魔道具が作れる。ずっとあればいいと思っていた、前世で言うところの携帯電話。
「装身具型の通信用魔道具に応用できないか?」
この世界に存在しない、インターネット機能なんてものはなくていい。同じ魔道具を持つ者同士で連絡を取り合えられればそれで充分。
手持ちのアイデアを持ち出すと、エバンがそれに食いついた。
「興味深い。ぜひとも話を聞かせてくれ」
自宅とはいえ、母上みたいに諜報員を忍ばせている輩がいるかもしれない。それで人目を避けて書庫に移動したのだ。
自室でも別に良かったのだけれど、俺たちはまだ清い仲。互いの部屋を行き来するのは早いということで、今回はこちらを選んだ。後で母上たちの変な揶揄いの的になるのは避けたいし、賢明な判断だったと思う。
エバンに遮音魔法を張ってもらった室内に二人きり。肩を並べて魔道携帯の詳細を語り合う。
「消費魔力は少ない方がいいな」
「それなら、対になるピアス同士でのみ通信を可能にしよう。通話開始時に自分の魔力を少し流さなければならないが、これだと台座にはめ込む魔石が小さいものでも、数年は魔力補充の必要がない」
充電の度に客先にエバンを連れて行くのは忍びないと考えてのことだったが、エバンの発案はかなり冴えていた。
「なるほど。ペア売りにすれば恋人がいる貴族からの人気も高まりそうだ」
成功の予感に心が躍る。その後も細かい装飾やら具体的な魔石のサイズやらを相談しているうちに、いつの間にか日が暮れていたらしい。
夕食の席に現れなかったことで、
「時間外労働だ~!」
母上に咎められた俺たちは悪事を企む子供みたいに顔を見合わせた。




