<3>残念な原作主人公と王子様
ベッドからそっと身を起こし、机に向かう。
「ライト」
魔法でランタンに火を灯してからノートを広げる。
魔力持ちなら誰でも使える初級魔法だが、俺の魔力はたったこれだけでもだいぶ削られる。こんな時、前世ではスイッチ一つで部屋中の灯りがついて楽だったのに。
いつもの動作に、こんなことを考えてしまうのは地球という異世界を知ってしまった弊害だろうか。
さて、気を取り直して。まずは何からまとめよう。やはり登場人物のことからがわかりやすいよな。
出来心から試しに日本語で主人公の名前を記してみる。
「シリル・コットンっと。あ、書けた。」
これはいい。万が一誰かにメモを見られた場合でも読まれることがない。今度から秘匿事項には日本語を使おう。特に魔道具のアイデア出しにはもってこいだ。
港町一帯を治め、主に貿易や小売業で稼がせてもらっている我が家だが、最近はオリジナル商品に注力している。
特に学園在学中から任せてもらっている魔道具事業は、領地に限りがある分、これの成功なくして更なる家門の発展はあり得ないと言っても過言でないくらい重要な案件だった。
そのため家門外秘の書類が多くて管理に困っていたけれど、これからは自分用の走り書きを全て日本語にしてしまえば毎回鍵付きの箱にしまわなくて済む。
予期せぬ幸運に口元がにやけるが、それも束の間。本来の目的を忘れかけていたことに気がついてハッとなる。
また話がずれていた。前世を思い出したばかりだからか、どうにも思考が散らばっていけない。
確か、シリルについてだったよな。
それにしてもピンクの髪に、家名がコットンなんて。綿あめをイメージしているのだろうけど、なんだかオムツみたいだな。
突飛な行動で学内一有名だったから、ゲームの知識が希薄な俺でも、彼についての情報ならある程度は知り得ている。
元は平民の出で、母親の再婚により伯爵家の養子になって学園に入学してきたのは誰もが記憶しているところだろう。
貴族になってまだ三年ほどではあるが、男爵位の我が家にとっては遥か雲の上の存在だ。
「人は皆平等なんだから! 無視しちゃダメなんだぞ!」
そう王太子や大臣の息子なんかにビシッと偉そうに説いていた割に、自分より身分の低いやつのことはいない者として扱っていた。
俺も直接言葉を交わしたことはないので、偏見があるのかもしれないが、正直言って苦手なタイプだ。
問題を起こす癖に風呂敷を自分で畳めず、いつも誰かに尻拭いをしてもらっている感が否めない。
成績も決して良い方ではないらしく、補習に引っ掛かっては周囲の手を借りるなんて日常茶飯事。最終試験では第一王子から教授に口利きをしてもらって、やっと卒業に漕ぎつけたとかなんとか。
ピンクの髪と水色の瞳が可憐だと入学当初から噂になっていたけれど、いちいち女々しすぎて食指が動かなかったんだよな。可愛らしい見た目なのは認めるが、どうも好きになれない。
結局時間が経つにつれ無邪気ゆえのトラブルメーカーな気質が露見していき、最終学年に上がる頃には攻略対象以外の生徒から遠巻きにされるようになっていた。
この件で俺は自身の審美眼の正しさを再確認したのだが、一方で愛ゆえに盲目な人もいる。その筆頭がジェラルド第一王子だ。
この国の王太子であり、この度エバン公爵令息の元婚約者になった。断罪シーンで騒いでいた、愚かな黒髪の男が彼だ。
幼い頃からそれなりに優秀で、大臣の息子や騎士団長の息子を学友とし、それなりに真面目に過ごしてきたはずなのに、何の因果か、シリルと出会ったことですっかり腑抜けになってしまわれた憐れな王子。
こんなこと思うだけでも不敬罪ものだが、事実なのだから仕方がない。
公正明大な姿はすっかり消え失せ、今ではシリル第一主義者として立派に主人公の取り巻きをしている。
決して馬鹿ではないのだが、シリルが絡むと途端に頭が弱くなるらしい。婚約者が恋人に嫌がらせをしている、と事あるごとに無実のエバン公爵令息に突っかかっていた。
周囲にもそれを止める人間がいないため、制裁は徐々に苛烈さを増していき、表向きケガをさせるようなことはなかったとはいえ、心ない言葉を頻繁に浴びせていたという。
王家特有の黒い髪と赤い瞳を持つ彼は、王道ルートのメインキャラクターなだけあってイケメンなのに、内面が残念すぎた。
比較対象とされがちなエバン公爵令息に引け目を感じているせいで、こんな仕上がりになってしまわれたのだろう。なんていうのは無粋な邪推だが、あながち間違ってはいないはずだ。
あの第一王子の過激な言動の端々には毎度エバン公爵令息を困らせてやろうという魂胆が見え隠れしていた。
贅沢者にも程がある。あれほど素敵な人が傍にいてくれるってだけで、かなり羨ましいけどな。俺ならきっともっと大事にする。
こんなことを考えてしまうのも、所詮は婚約者すらいない下級貴族の僻みみたいなものだ。どうか許していただきたい。
お偉い方にはお偉い方なりの重責があるのだろう。ただ、その負担を見せる、見せないは個人の資質云々の問題というだけで。
そして、それに関して言うと、登場人物の中でエバン公爵令息ほど苦労を隠すのが上手い人はいなかった。




