<26>地獄から一転
あまりの情けなさに肩を落としかけたその時、
「嬉しい」
ポツリとエバンがそう溢すのが聞こえた。
幻聴かと思い己の耳を疑うも、続く第二声の破壊力に胸を射抜かれれば、さすがに現実だとわかる。
「私もジェームズが好きだ」
素直で率直な愛の言葉だった。
それを告げる彼の顔はどこまでも穏やかで、温かい。まさに本物の天使のよう。
「私と恋仲になってくれる、ってことで合っているだろうか?」
さやけき月の光が彼を照らす。
そのあまりの美しさに息を呑んでいると、エバンが照れたように小首をかしげた。
「君さえ良ければ。俺の恋人になってほしい」
地獄から一転。モブが悪役令息を射止める結末もあるらしい。
「断るわけないじゃないか。ここまでしてもらって好きにならない方がおかしい」
夢見心地での申し出にコクンと頷かれたのが了承の合図だ。
「これからよろしく」
まるでビジネスパートナーがするような握手を求められたが、今日からは恋人同士。
その事実だけでも愛おしさが一層募り、彼の手を取って引き寄せると、そのまま抱きしめてしまっていた。
「ジェ、ジェームズ」
エバンの耳が赤くなっている。つられて鼓動が速くなるのを感じた。
ふと侍女の話を思い出し、目の前で揺れるプラチナブロンドに指を通してみる。
少しの引っ掛かりもなく、指の間をサラサラと零れていくのが気持ちよくて、何度も繰り返しているうちに、エバンの限界がきたらしい。
「勘弁してくれ」
首まで真っ赤にして、ぷるぷると震えている。これだけでも免疫がないことがわかる。
どうやら第一王子に嫉妬する必要はなさそうだ。
「あんまり嬉しかったから」
腕から解放する直前、徐々に慣らしていこうと耳元で囁くと、
「お手柔らかに頼むよ」
エバンがくったりともたれかかってきた。
頬の柔らかな曲線が胸のあたりに押しつけられる。いつも余裕なエバンのいじらしい一面にとくんと胸が高鳴った。
名残惜しさが残る中そっと離れれば、途端に少し寒いような心地になる。それなのに、火照った肌を撫でていくそよ風は気持ちいい。
「本当はもっとロマンチックなところで言うつもりだった」
想いが通じて甘えが生じたのだろうか、漁火をぼんやり眺めていると、ふと拗ねたような反省の言葉が零れた。
完璧な彼に完璧な告白を。そう思って用意周到に準備していたのに台無しだ。
こんな格好のつかないシチュエーションで彼は本当に満足してくれているのか。
チラリと横目で窺うと、
「じゃあ、プロポーズの時はそうしておくれ」
エバンがクスクス笑っていた。
「私はジェームズの気取っていないところが好ましいんだけどね」
可愛い。
彼の幸せそうな表情を浮かべてくれるのなら、体裁とか見栄とか、もう何だっていいのかもしれない。
「それは結婚してくれるってこと?」
「さては君、意外と野暮だな。わかってる癖に」
冗談めかした応酬に将来の可能性を感じると、自然と不甲斐なさは気にならなくなった。
もとより俺は格下。必死に愛を乞うている方が合っている。
せいぜい捨てられないように彼を大切にするだけだ。
「愛してる」
肩を抱き寄せ、天を見上げる。
瞬く星と丸い月だけが二人を見守っていたはずだった。




