<25>締まらない告白
俺の知らぬ間に工房がとんでもないことになっていた。もちろん良い意味で。
エバンが工房に赴くようになってわずか一月。
結局一度も夜会に参加することなく社交シーズンが終わりを迎えようとする中、俺たちは毎晩のようにバルコニーで会合を開くようになっていた。
初めのうちは特に示し合わせていたわけではないのだけれど、毎回なぜかエバンと外に出るタイミングが被る。
あまりに毎回現れるから、気まずさのようなものが少なからず最初はあった。しかし、俺たちは大人だ。ただ黙って景色を眺めるだけなんてことはしない。
他人がいるところでは平気なのに、二人きりだと意識しすぎて、喋りたいのに上手く言葉が出てこない。
そんな時もポツポツとその日あったことなんかを報告したり、他愛もない雑談に興じたりして親交を深めた。
湯上りの素肌が眩しくて、上気した頬が色っぽくて、平静を装えない夜もあった。
それでも、しばらくすると気楽に会話を楽しむ余裕が出てくるのだから人間の適応能力は凄まじい。
そして着実に距離を縮めた結果、ついに夕食の席を立つ際、
「じゃあ、またバルコニーでね」
エバンの方から誘ってくれるまでになったのだ。
もう寝る前の逢瀬が日常の一コマに組み込まれてしまっている。
現場の声を直に聞けて業務面での情報共有にも役立っているし、日中に「エバンが足りない」と嘆く頻度も目減りしていいこと尽くめ。
だけど、予期せぬことが起こることもある。
「もう一度言ってもらえるかい?」
先ほどまで、先日売り出し始めたばかりの魔道電子レンジについて話していたのは覚えている。前の世界では常識レベルで備わっていたものだけあって、魔道電子レンジはこの世界とも親和性が高かった。
得意先の近しい貴族に営業をかけたら思いのほか好評で、すでに想定を上回る売れ行きを記録している。
エバンとも早速入った追加注文に乾杯したばかり。グラスには炭酸水がなみなみ注がれたままだ。
それなのに、彼の快進撃は休む暇など要らないと言う。
「この間のできたよ」
爽やかな笑顔で「もう次の魔道具が完成した」と伝えられ、一瞬耳がおかしくなったのかと思った。
「あれすごいね。色が消えるペンなんて、そうそう考えつくもんじゃない」
すごいと宣うエバンがすごい。
魔力を流し込んで作ったインクなら、熱を加えるなり冷やすなりで透明にならないかと打診したのはわずか三週間前。
この短期間に開発したとの報告だけでも驚きだが、その制作過程で、なぜか火にかざすと色が浮き出る透明なインクまで生み出してしまったのだと告げられれば、もう脱帽せざるを得ない。
天才だ。
嫌々やっていることでないから余計に成果が上がっているのだろうが、それにしてもこのペースは期待をゆうに超えている。
「楽しくてつい張り切ってしまった!」
最高に充実している、とエバンが伸びをする。
秋も初めだというのに、まだ残暑が続いている。夏の間ずっと海風に当たっても、ついぞ傷むことを知らなかったプラチナブロンドが涼しげに靡いた。
「魔法局じゃこうはいかなかっただろうな」
微塵も後悔を感じさせない口ぶり。安堵が胸に広がった。
「良かった。クロイツェルに何か不足はないかい?」
中央から離れている分、煌びやかなパーティーもお茶会もほとんどない地だ。
公爵家に比べれば物足りないところも多いだろう。
「ご飯が美味しくて、仕事にはやり甲斐があって、その上景色までいい。こんな三拍子王都でもなかなか揃わない。これで不足なんてあったら罰が当たってしまいそうだ」
朗らかに笑うエバンが可愛い。
その他にも人が親切だとか、珍しい魔石が簡単に手に入るだとか、指折り数えられていく度に、愛おしさが増していく。
綺麗で優しくて賢くて謙虚で努力家のエバン。
「ジェームズに拾われて本当にラッキーだった」
天使のような微笑みが俺にだけ向けられる。その特権を噛み締めるように味わっていると、
「好きだ」
いつの間にか心の声が表に出ていた。
「えっ」
エバンが戸惑いの表情を見せる。
好意を向けられているなんて思ってもみなかった相手から、急に告白されて気味悪く思うのも無理はない。
やってしまったと悔いようにも、冷静になる余裕などなくて、背中に汗が垂れるのを感じた。
「騙すような真似をして申し訳ない。最初から君を慕っていて屋敷に連れてきた」
完全なる俺のエゴ。白状するつもりはなかったが、こうなってしまったら仕方がない。
中途半端に怖がらせるよりは全部正直に打ち明けてしまおう。
「もちろんマーレ食堂でのことは偶然だ。君がこの街に来ていることなんて知らなかったし」
二人の間を夜風が通り抜け、ザアザアと木々の揺れる音がわずかに響いた。
まだなおエバンは沈黙を貫いている。
「それで一緒に過ごすうちにますます惹かれていって、その、気持ちが溢れてしまったというか」
しどろもどろになりながらも、なんとかここまで言い終えて、恐る恐る彼の表情を窺い見る。すると、エバンは翠の瞳を潤ませていた。
「すまない、でも無理強いする気はないんだ」
用意周到な自分らしからぬ、弱気な調子だった。ギュンターには自信ありげにしておいてこのざまだ。まさか、こんなに恋愛下手だったとは。
好きな人を前にすると計画などもろく崩れるのだと初めて学んだ。
こういうところがモブのモブたる所以なのだろう。




