<22>ファンタジー世界も甘くない
「だからって普通は冷めた料理を温めようって考えには至らない」
エバンの意見もわかる。
できあがってから時間の経ったものを貴族が食べることはまずない。せいぜいランチボックスくらいなものだ。
それもピクニックか遠乗りに出かけた際に口にする程度で、どちらかと言えば非日常に分類される。
「急に食べたくなった時に一から作らせていたんじゃ時間がかかると思ってね。ほら、夜食が欲しくなる夜もあるだろう?」
中世ヨーロッパ風の世界観にそぐわないからか、深夜のカップラーメンなどはもちろん存在しない。しかし、だからと言って毎回ベッドの中の料理長を呼び出して軽食を作らせるのは胸が痛かった。
その点、魔道電子レンジなら、作り置きを魔道冷蔵庫に入れてもらっておきさえすれば、あとは自分で簡単に温かいご飯を用意できて非常に便利というわけ。
「ほら、エバンも食べてみなよ」
先ほど実際に彼の魔力を使って加熱したばかりの、鱈のアクラを摘まんで口に放り込んでやる。サクサクの衣にタネが詰まったコロッケのような一品は調理されてから時間が経っているはずなのに出来立てさながら。
「ん、ふっ」
ハフハフとなっているところからして、中までしっかり火が通っているようだ。
一緒になって試食に勤しむ職人たちも熱さに悶えていた。
「すまない、火傷してないかい?」
なんとか口の中のものを飲み込むことに成功したエバンに舌を見せてもらうと、ほんのり赤みがかっている。
「大丈夫だ」
念のため冷水を手渡すが、それを飲むよりも先に治癒魔法をかけてしまったらしい。
「ほら、もう治っただろう?」
唇から舌を覗かせて報告してくれた。
破壊力抜群すぎる。天使なのに小悪魔みたいだ。
「だけど、直接火魔法をかけると料理が燃えてしまうところを、魔道具を挟むことで解決するとは……」
前世の記憶さまさまだが、俺は再現できないか打診しただけで、基本的には一から十まで職人任せ。
「こんなに画期的な魔道具は見たことがない」
真っ直ぐな目をして褒められると、なんだかズルをした時のような複雑な気持ちに駆られた。だけど、商売ってそういうものだ。
前世からのコピー商品ではあるものの、電気を魔力に置き換えているわけだし、オリジナルの開発者のことなんて聞かれても困る。
ここはひとつ素直に自分の手柄とさせてもらおう。
「ありがとう」
とはいえ、でかい顔してふんぞり返るのもなんだか違う気がして、
「思いついても実現する方が大変だからね。学園でも魔道ランプぐらいしか扱っていないだろう?」
彼の関心を着想云々からさりげなく移しておく。
「実践演習が主だからな。そういった意味では剣術科と大差なかったように思う」
当時を回顧するようにエバンが自身の顎に手をかける。
意外にもこの世界に流通している魔道具は少ない。
魔法が使える世界観よりも中世ヨーロッパのイメージが先行したのか、前世で言うところの家電のようなものでさえ珍しく、洗濯機も冷凍庫もドライヤーも備わっていない。
その癖、ファンタジー世界でありながら、上下水道と水洗洋式トイレだけはなぜか標準装備という仕様。
恩恵に預かっておいてなんだけれど、記憶を取り戻してからはあまりに謎すぎる発展加減に疑問符が浮かぶことも多々あった。
「私は魔道具学も好きだったが、将来性の面でどうしても切り捨てられがちで。研究するにしても効果的な結界の張り方だとか、有用な上級魔法の展開方法とかばかりだったな」
地味な技術職に比べ、派手な魔法を駆使できる方が人気なのは言うまでもない。
特に高位貴族の子女は、その道で名を馳せるよう家門に命じられているため、花形に必要なパフォーマンス性のある術ばかりを磨く傾向にある。
せっかくの演習が就職先に合わせた内容になってしまうのは仕方がないことなのだが、そのせいで魔法の使われ方が偏っているのはいただけない。
「だから、まさかクロイツェルが工房まで興して、熱心に魔道具制作に取り組んでいるとは思わなかったよ」
お宝を発見した子供のようにエバンの瞳が輝く。
「魔法局以外の場所で、こんな精巧なものに触れられるなんて夢みたいだ」
嬉しい誤算とばかりにニコニコしているけど、そんなのはこちらのセリフだ。さまざまな偶然が重なった結果起こった僥倖に感謝の念を抱かざるを得ない。
「でも、ジェームズ。君は魔法学を専攻していなかったのに、なぜわざわざ魔道具を作ろうと思ったんだい?」
確かに魔道具は便利だが、なくて困るようなものではないことを指摘しているのだろう。だが、それが要となる。
魔道冷蔵庫だって一部の特権階級御用達ってだけで、一般には普及していない。いわゆるフロンティア状態。俺はそれに目をつけた。
「端的に言えば、競合がいないからかな」
魔道具制作を民間でやっているところはおそらくうちだけ。
魔力のない庶民にとって、安くはない魔石を大量消費する魔道具はあっても使えない場合がほとんどだし、貴族は自分のために魔法を用いることならあっても、それを世ために活かそうという頭がない。
仮にそういう志があったとしても、高い魔力適正があった時点で魔法局に入れられてしまうので、結果として王族が彼らを独占してしまうことになる。
しかも、魔法局の主な業務といえば王城に張り巡らされた結界の強化や要人の護衛、噂によると影武者の役割をこなす場合もあるのだという。
狭き門で人数が少ない上に激務だから、魔道具の開発どころではないのが現状だ。
それでいて、決して金持ちからの需要がないわけではないのが、魔道具事業を美味しいと思った一番の理由だったりする。
研究開発を続けるうちに庶民でも手の届くような、少量の魔石で動く商品もできるかもしれないし。
そうすれば、今よりずっと魔道具を求める層だって増えるはずだ。
「なるほど、経済学的観点か。クロイツェルらしくて面白い」
「君からしてみれば、ずいぶんと俗っぽい話だろう?」
この辺りの感覚は広大な面積を誇る領地を持っていた者にはわかるまい。勝手にそう思い込んで、少し自嘲的な言い方をしたつもりだったのだが、
「いや、家門の発展のさせ方としてはかなり有効な手立てだ」
俺の卑屈さは一瞬で破られてしまったらしい。
成り上がり一族と馬鹿にすることなく、生き残るための策を否定せず、真摯に受け止めてくれた。
こういう理知的な人だから好きになったのに、どうやら俺は彼を見くびりすぎていたようだ。
好きだな。
彼のほんの何気ない一言が俺の胸に温かな感情をもたらしたことに、きっとエバンは気づいていない。
だから、教えられるはずないとわかっていながら、
「私も君にあの暗号を習ってみようか」
無邪気にこんなことを宣えるんだ。
「随分複雑そうだったよな。どうやって編み出したんだ?」
時々心臓に悪い以外は完璧な天使。そう再確認した矢先、さっそくかまされた茶目っ気たっぷりの冗談を、いったいどうやって断ればいいのか。
惚れた弱みとはいえ参ってしまう。
「ジェームズ様も疚しいところがあるお年頃ですから、どうか勘弁してやってくだせぇ」
焦る姿を職人に見られた上、揶揄われるような俺には、もはや主人たる威厳など何も残っていやしない。
しかし、エバンはそのやり取りがよほど気に入ったのか。帰りの馬車で何度も彼らと俺の関係について言及しては、どこまでも楽しげに笑っていた。




