<20>過保護な束縛男
時は流れて六月。あるよく晴れた日の昼下がり。
市場の調査を終えた俺たちは、珍しく魔道具の工房まで見学に来ていた。
それというのもエバンのためだ。
彼も元は公爵令息、簿冊なんてものは領地経営の一環で、これまでも嫌と言うほど処理してきていた。
その経験も相まって、最近ではうちの帳簿なんて簡単に片付けられるようになってしまっていた。
そんな彼に「もっと仕事を回してくれ」と強請られても、商会にも屋敷にも手つかずの書類などすでになく、他にやってもらえることとなると、魔道具の開発事業くらいしかなかったというわけだ。
本当はもう少し領民に慣れてから、と思っていたんだけどな。
マーレ食堂でセクハラを働いていた漁師ほどではないにしろ、平民で構成されている工房のメンバーはちょっと荒いというか雑というか。お上品なエバンには少々刺激が強すぎる。
本来ならもっと早くに専門分野を活かしてもらうつもりだったのだが、なかなか実現に至らなかったのは、これにより二の足を踏んでいたためだ。
正直まだ早すぎる気もするのだけれど、
「過保護な束縛男は嫌われるぞ」
続けて「なあ、マティ」と父上を顎で指す母上にバッサリ切られれば、検討せざるを得なかった。しかも、間の悪いことに夕飯の席での出来事だったから、エバンにもばっちり聞かれてしまっていて、
「フランツ様、ジェームズはそんなことしませんよ」
こんなことを言われる始末。
本人は援護射撃のつもりだったのだろうが、図星だっただけに結構なダメージが鳩尾を直撃した。正面に座る父上もなぜか胃のあたりを押さえている。
「ジェームズに想い人がいたなんて知りませんでした」
さすがは純粋培養のエバン。自分のことだとは露ほども考えつかぬらしい。
無垢な瞳をパチパチと瞬かせながら母上の方へと身を乗り出している。
「エバン、母上が勝手に言っているだけだからね?」
「いいじゃないか。友人同士ではこういった話もするんだろう?」
母上め、余計なことを……!
エバンの視線がこちらに戻ったのは嬉しいけれど、これじゃあ、すっかり真に受けてしまっているじゃないか。
「いったいどこのご令嬢なんだ? いや、ご令息ってこともあり得るか」
顎に手を当ててしばらく考え込んだ末に、エバンが閃いたとばかりに顔色を明るくさせた。そして、そのまま突拍子もないことを言い出す。
「学園では一つ下の子爵令息と親しかったよな」
ただでさえ満身創痍なのに、追い打ちをかけるがごとく、要らぬ誤解まで生じればさすがに焦る。
「あれは従弟だ!」
全力で否定するあまり、肩に力が入った。これ以上は身が持たない。
いわゆる運の尽きというやつなのか。もう腹を括るしか選択肢は残されていなかった。
「うちが魔道具の開発を行っていることは前に話したね?」
なんとか興味を逸らそうと必死な俺に反して、エバンが鷹揚に頷く。
「ああ、自社製品に注力していると」
覚えてくれているのなら話が早い。
「まだ取り掛かり始めたばかりで主力商品もないようなところだけど、良かったら力を貸してくれないか?」
俺が出したアイデアを基に、技術職が魔石で動く機械を制作していることは以前にも説明していた。
学園の研究所とは違って簡素な施設だから、実際の現場に足を運んでみないことには判断できないだろうが、あそこでならエバンの才能を持て余すことなく、存分発揮してもらえるはず。
「私にできることならなんでも」
現にエバンも乗り気な様子。謙虚な口ぶりとは裏腹に、いつになく瞳の翠をキラキラ輝かせている。
幸い、例の想い人云々はもう彼の眼中にはないようだった。




