<17>無自覚な美人
結果から言えば、エバンの記事はただ未だ行方不明と報じられていただけで、他に大した内容はなかった。
そうでなくとも、何かあったらギュンター伝いに報告が飛んでくるはずだ。
防犯カメラのない世界で良かった。おかげで今のところ世間にはエバンの生死すら知られずに済んでいる。
彼がこの街にいることは、クロイツェルの内部に属する人間だけの秘密だ。
エバン自身の憂慮もあって、外出の際は念のため帽子を着せて変装させているから、まだ領民にも彼の存在は気づかれてはいない。
まあ、帽子も万全ではないので、全顔が割れてしまうようなことにでもなれば大騒ぎは必至だろうが、一市民が貴族の姿を知っていること自体レアケース。よほどのことがない限り大丈夫だと思われる。
それでも、エバンの輝きをいまいち隠しきれていないのは、ありあまる気品と美貌のせいだろうか。帽子を目深に被っていても、馬車を降りて歩き始めると、あっという間に注目の的になってしまった。
これだけならまだ軽く流せる。が、直接声をかけられるとなると別だ。
「お兄さん、べっぴんさんだねぇ」
先触れの効果か、食堂に入ってからもしばらくは視線を感じる程度だったのに、注文を聞きに来た老婦人が世間話のつもりでそう言い置いて行くからエバンが固まってしまった。
やはり放ってはくれなかったか。もっと画期的な変化ができればいいのだろうけど、そういうわけにはいかないのが目下の悩みだ。
ここはゲームの世界。ご都合主義らしく容姿を化かすような隠匿魔法もあるにはある。
しかし、それは悪用厳禁の特殊魔法。個人間での使用は原則認められていないし、そもそも並みの魔力量では展開できない。
エバンくらいになると可能なのだろうが、膨大な魔力を消費するとなると、今度は王都の魔法局の探知機に引っ掛かってしまう恐れが出てくる。そのため、結局は物理的な変装が一番現実的なのだ。
とはいえ、この世界にマスクやカラコンはないし、舞踏会のような仮面をつけさせるわけにもいかなければ、髪色を変えるのも技術的に難しい。
もし染髪が可能だったならエバンの性格的に、
「染めてしまえばいいだろう」
と何のためらいもなく言い出しかねなかったし、枝毛を知らない綺麗なプラチナブロンドを台無しにしなくて済んだのはむしろ幸いだったのかもしれない。
そんなわけで苦肉の策を弄し、とりあえず帽子だけは目深に被せてみたのだけれど、エバンの美貌を覆うには当然不十分だった。
好奇の目がうるさいのは、まあ、出かける前からわかりきっていたことだ。領民に身元が割れていないだけ御の字と考えよう。
「ごゆっくり」
そのまま仕事に戻る老婦人の後ろ姿に、
「は、はあ……どうも」
エバンが少し遅れて戸惑いの色を滲ませた返事をする。
そうなるのも無理はない。親密な仲である場合を除けば、彼女の言ったことは貴族社会ではヒソヒソ噂に乗って流れてくるような内容だ。
自分のところの使用人が機嫌を取って褒めそやしてくるのとはわけが違う。
酔っ払った母上はともかく、うちの従業員だってこんなこと思っていても面と向かっては言わないから、赤の他人に直接伝えられたのはこれが初めてなのだろう。
「すまない、ここの住人は気さくすぎるんだ」
俺は全然構わないから失念していたけど、エバンは以前別の食堂で客から行き過ぎたスキンシップとやらを受けたことがある。トラウマを刺激していなければ良いんだが。
横目で彼を窺うと、
「私って美人なのか?」
エバンが予想の斜め上の反応を見せていた。
目をぱちくりさせてから、俺の顔を覗き込む。
「ジェームズはどう思う?」
ずいずいと迫られれば答えるしかない。
「ものすごい美人だとは思うけど」
「けど?」
眩しすぎる。すっかり慣れていると勘違いしていたが、不意打ちの至近距離は心臓に悪い。ここは街食堂なんかじゃなくて、本当は天国なんじゃないか。
そんな錯覚に脳が眩む。脈も確実に速くなっていた。




