<15>王家との確執
「また始まった」
ひたすらに困惑しているエバンは睫毛がパシパシさせて可愛いが、仲間外れにするのも可哀想なので掻い摘んで説明してあげよう。
「クロイツェルの貿易船が近隣諸国を含め多数の地域と取引しているのは知っているよな?」
もともと海賊が横行していた地を整え、行き場のない人たちを雇い、商業によって再興させた功績で、俺たちは祖父の代に爵位を得ている。
男爵位を授かった後も、暮らし向きは変わらず。しばらくは平和に過ごしていたのだが、ある日、領民が難破した海の向こうの漁師を助けるという事件があった。
事件と言っても、これ自体は褒められるべきことだし、我が家も漁師を手厚くもてなして、彼の故郷だという島国に無事送り届けた。
問題はこの後。
事前に保護した旨を知らせていたのが功を奏したのか、そこから徐々に島国との交流が生まれ、なんとクロイツェルとなら通商しても良いという話にまで発展したのだ。
しかし、これが家門にとっての最大の幸運であり不運だった。
実は、この島国との交易が王家の長年の悲願だったらしい。
緻密な手工業に富み、貴重な魔石を有し、珍しい食物まで揃っているのに、島国はもう何代も前から鎖国同然の状態で、使節団でさえ門前払いにされていた。
まるで江戸時代の日本みたいな有様で、王国もなかなか手が出せないでいた。
そんな矢先、末端貴族のクロイツェルがポンッと貿易を開始すると通達したものだからもう大変。中央内部は大騒ぎで交易権を引き渡すよう主張してきた。
「確かに僕たちは運が良かったよ! だけど、手柄を奪うのは違うだろう!」
きっかけは一人の漁師と領民だったかもしれない。だが、家門総出で時間をかけ、島国と真摯に向き合ってきたのは、他ならぬクロイツェルだ。
交渉も新航路の開拓も一手に請け負って着々と備えていたところに、王家が口出ししてきたことが両親はよほど悔しかったようで、危うく事業まるごと奪われるところだったのを、半ば脅しをかける形で阻止したのだという。
「僕らを排除すると、また海賊が蔓延るけどいいのかって聞いたら青ざめていたよ」
母上は得意げに笑うが、その結果、今に至るまでクロイツェルには莫大な税金がかけられているし、どんなに功績を上げても 陞爵の見込みはない。
まあ、爵位にそこまでの興味はないし、貿易船含め事業のおかげで吸い取られる以上の利益が出ているから何の問題もないのだけれど。
「エバン様、うちは中央からの覚えはめでたくない下級貴族ですが、これでも国内随一の商家です。決して苦労はかけませんから」
だから何の憂いも持たなくていい。そう言って父上はエバンに微笑みかけた。母上が伝えたかったのも、きっとこういうことだ。
「乗り掛かった舟だもの、せっかくなら楽しくいこう」
意趣返しできて清々しているのも本当だろうけど。母上の頭の中は今、エバンを使った次なる商売の算段で忙しいに違いない。
「エバン、うちはこんな風だし王都のことは気にせず、自由に過ごしてくれ。必要以上に身を隠さなくても大丈夫だし、君は悪いことなんて何もしていないんだから堂々としていればいい」
表向きとはいえ平等を謳う学園生活の弊害か、半ば忘れかけていたけど、悲しいかな中央では不遇な扱いを受ける我が家だからこそ、エバン一人匿ったところで痛くも痒くもない。
「で、でも!」
「安心して。ここには君の味方しかいない」
心配しなくたって、これ以上うちが揺らぐことなんてまずないから、大船に乗った気持ちで頼ってほしい。
なぜか学園に在籍している間に失念してしまっていたが、例の島国との交易権はクロイツェルに帰属している。つまり今更王家と揉めたところで、相手は手出しのしようがないってことだ。
そうでなくとも、王国は他国との貿易を含めた関係強化をうちに一任しているわけで、こちらが根本的な礼を欠いたならまだしも、気に食わないからという理由だけで処罰するとはならないはずだ。
仮に何かあっても、エバンがもたらしてくれる恩恵の方が大きいだろうし、多少のお咎めくらいは甘んじて受け入れよう。
「ありがとうございます。路頭に迷うところだった私を迎え入れてくださったご恩は必ず返します」
ああ、またエバンに腰を折らせてしまった。せっかく破廉恥な服から着替えて貴公子らしくなったのに。
高貴な彼らしく姿勢は完璧だけど、これはダメだ。背中を丸めるような真似、エバンにさせて良いわけがなかった。
「顔を上げてくれ」
今日からは名目上俺が彼の主人だ。二度とそんなことはしないように言って聞かせないと。
本当に誰に対しても優しすぎる。それが彼の魅力であるが、クロイツェルではもっと強かにならないと生き残れない。それこそ、腹黒の母上みたいなのにやられてしまう。
エバンが窺うように面を起こしたところで、まずは一言。
「君はもっと尊大になっていいと思うよ」
これだけは心に留めておいてもらいたい。
食堂に会する全員が俺の言葉に頷くと、遅れてエバンもそれに倣った。
「善処しよう」
「頼んだよ」
明日からの教育について考えを巡らせながら、俺は中途半端に余ったワインを飲み干した。




