<13>ビジネスライクに見せかけた下心
取り調べを終えたギュンターが港から戻って来るのを待って、俺とエバンは正式に契約を交わした。幸い、と言っていいのかはわからないが、女将は雇用契約書を用意していなかったらしい。
また一つアウトな事案が判明して頭が痛いけれど、他の従業員の分はきちんと保管されていたからまだマシとする。
きっと急に雇うことになって間に合わなかったのだろう。
こういうところを杜撰にされては困る、と口では言いつつも、今回は破棄する手間が省けたのである意味ラッキーだった。
とはいえ、クロイツェル領でのルールを改めて指導しなくてはならないことに変わりない。
だけど、今はこっちが先だ。
「これでどうだろう?」
羽ペンを走らせたばかりの紙をエバンに差し出す。
「三食つきの住み込み労働。場合によっては残業もあり得るが、基本的には一日八時間働いて休みは週二日」
日本で言うところのフルタイム勤務を参考にしただけ。しかし、この世界ではまず見ない破格の条件とあってか、エバンが丸い目をさらに丸くする。
「職務内容は帳簿の整理や魔道具の開発協力、あとは俺の補佐をしてくれればいい」
慣れてきたらまた何か頼むかもしれないが、当面はこれで様子見だ。
「こんな厚遇で本当に良いのか?」
「もちろん」
従業員というより食客みたいな扱いにするつもりで提案した。食事も一緒に取ることになるので、公私の区別がつきづらく不便かもしれないけれど、要領の良い彼のことだ。きっと上手くやってくれるはず。
「その分きっちり働いてもらうけどね」
早速ペンを取る彼に、冗談交じりに告げると、
「肝に銘じておく」
真面目な応えが返ってくる。
早々に肩の力を抜いてもらいたいものだけど、まだちょっと難しかったか。
そうだ、無事書面にサインをもらえたことだし、就職祝いを兼ねて生活面の保障もしておこう。手厚くすればするだけ、亡命資金が貯まった後もエバンがクロイツェルに留まる可能性は高くなる。
「屋敷にいる限り金銭が要るようなことはないと思うけど、何があるかわからないからね。先にいくらか持たせておくよ」
打算的な申し出だが、悪い話ではないだろう。
チラッと後ろに控えるギュンターに目配せすると、俺の意図を汲み取ったらしい。
「いや、さすがにそれは遠慮させてもらう」
慌てるエバンにさりげなく近づき、彼が気づかぬうちに金貨数枚の入った小袋を持たせている。
「まあまあ、先行投資だと思って。エバンには期待しているんだから」
「そういうことなら……本当に必要な時にだけ使わせてもらうよ」
一度受け取ったものを突き返されるのは貴族の恥。
それを重々承知しているエバンから、断るという選択肢を奪ったギュンターのファインプレーは正直ありがたい。
なんだかんだ卒がないんだよな。
「エバン様のお部屋はすでに侍女に言って整えてあります。着替えも用意させていただきましたので、お食事の前に湯浴みをなさってください」
今日だってあんなに仕事を押しつけたのに、完璧な手筈でエバンを案内するから手放せない。愛想を尽かされる前に、今朝の件は許してやった方がいいのかもしれないな。
応接室を辞する二人を見送りながら、八つ当たりはほどほどにしようと決意した。




