<12>囲い込み開始
下手に慰めるより、実際にエバンの力を発揮してもらった方が自己肯定感の回復に繋がるはず。元よりどうやって屋敷に引き留めようかと考えていたんだ。
こんな機会は滅多にないし、物は試しとも言う。声をかけるだけならタダだ。
それに何より、傍にいる口実が手に入るのなら誘わない手はない。
「うちで働かないか?」
「えっ」
唐突な提案にエバンが目を丸くする。高貴な家の猫みたいで、驚く姿まで可愛らしい。
「さっきも言ったけど、うちは商家だ。読み書き計算ができる人材は貴重だし、最近は自分たちで魔道具の開発も行っている」
魔法は彼の専門。エバンなら確実に即戦力になれる。誰がどう考えても皿洗いより勝算が高い。
「君の力が必要なんだ」
真っ直ぐ目を見つめて誠意を伝える。今にも翠の瞳に吸い込まれそうでクラリとする。なんだか別の意味で口説き落とそうとしているように錯覚してしまいそう。
「私で良いのか?」
彼の性格上、保護されるだけで何もしないというのでは気詰まりだろうし、それならいっそのことビジネスパートナーにでもなってしまった方が気楽に接してもらえるんじゃないか。
そんな邪な気持ちがないわけじゃなかったが、今はただ純粋に彼と仕事がしたかった。
「エバンが良いんだ」
彼の迷いが晴れるように、彼が欲しいと伝わるように、再度力強く訴えた。その甲斐あって先に折れたのはエバンだった。
「わかった、よろしく頼むよ」
「ああ、これからよろしく」
観念したと言わんばかりの苦笑すら嬉しくて、思わず手を差し出すと、彼はその手を握ってくれた。
柔らかな皮膚にはすっかり体温が戻っている。やはり食堂でのあれは本調子でなかったのだろう。とりあえず身体だけでも元気になってくれてよかった。
そういえば、再会して以来ゴタゴタしていて失念していたが、まだ名乗っていなかったな。
「改めまして、俺はジェームズ・クロイツェル。港町を仕切るクロイツェル男爵家の嫡子だ」
学園の同窓生ではあるけれど、今日まで彼は俺を認識していなかったに違いない。こんな格下、きっと顔どころか名前も聞いたことないはず。
そう思っていたのに、
「もちろん存じ上げているよ。私が見ず知らずの人物に黙って着いて行くとでも?」
あろうことか、ばっちり認知されていた。まさか、彼も一年時の廊下での出来事を覚えているのか? 心臓の音がひと際大きくなる。
「ここはクロイツェル領で、君は食堂の人たちを『うちの領民』と呼んでいた。となると、君が男爵家のご子息だってことくらい容易に想像がつくってものだ」
エバンの推察は正しい。さすが頭が切れるだけのことはある。
早速見せつけられた優秀さを喜ぶ反面、期待したのとは違う冷静な判断に、少しがっくりするが、現実はそんなに甘くないよなと納得する。
しかし、これだけで終わらないのが彼のすごいところ。次に発せられた言葉で俺の心はまた明るさを取り戻した。
「だいたいね、ほとんど関わりがなかったとはいえ、同じ学び舎で三年も過ごした仲間じゃないか」
一度は沈みかけた気分が急浮上するのを感じた。パッと彼の顔に視線を向けると、エバンが愉快そうな口ぶりで思い出話を語り出す。
「ジェームズ、君が経営学の発表会で最優秀賞を受賞した時、私も同じ表彰台にいたんだけど、もしかして覚えてないのかい?」
もちろん記憶している。エバンは魔法学の試験で一位を獲得し、実技大会でもグランプリを収めていた。
あの式典は彼を間近で見られる数少ない機会であったが、登壇時にすれ違っただけで直接関われたわけじゃない。そのため、エバンがあの時のことを持ち出してきたのには驚いた。
「加えて卒業パーティーでのことを見られてしまっているからね。事情は知っているみたいだし、同級生のよしみで助けてくれたのだとばかり思っていたんだが……」
勘違いだったかな、と首を傾げられれば、もう白状するしかない。こんな天使のような人に問われたら誤魔化す方が難しい。
「いや、合っている」
だけど、素直に頷くだけでは誤解を与えてしまいかねない。降参の証に軽く両手を上げる。
「あの場に行ったのは偶然で、店の新入りがエバンだとは知らなかったんだ」
あくまでも俺が仕組んだことではないことをわかってもらわねば。そして、ただの知人を救うほどお人好しじゃないってことも。
「確かに雇いたいと思ったのは、君が俺のよく知るエバンだったからだ」
出来レースでも、単なる同情なんかでもない。伝えるつもりなど毛頭ないけれど、そもそも俺はエバンを探すことすら諦めていたくらいだ。
母上の言葉がなければ、こうも簡単に事前相談もなく屋敷に招き入れられてはいなかったくらいなので、この状況は完全に想定外な出来事の連続によるものだ。
「だが、それも君の優秀さを買ってのことだよ」
仕事面での話なら、これまで積み上げてきた人徳や成果を正当に評価した結果、スカウトしてでも欲しい人材に値したというだけのこと。
「間違っても無能には声をかけない」
どこまで伝わったのか定かではない。それでも、何か腑に落ちたものがあったのだろう。
「そうか」
エバンは予想よりもあっさりと引き下がった。
「社交界を追われた身だ。苦労をかけるかもしれないけど、できる限りのことはやらせてもらうよ」
ここに来てやっと見られた笑顔はまだ五分咲きの固いものだったが、氷の貴公子と呼ぶにはあまりに可愛らしすぎるものだった。




