<10>予期せぬ拾い物
「えっ」
その中で真っ先に俺の目を奪ったのが彼の瞳だった。髪と同じ色をした長い睫毛の隙間から覗く、宝石みたいに綺麗な翠色。
ここまでの至近距離で見たことは過去に一度しかないけれど、持ち主が誰かなんてすぐにわかる。
いやいや、冷静になれって。こんなの普通ありえないだろう。偶然にしては出来すぎている。
だけど、そうと一蹴できないほど、涼やかな声音も、端正な顔立ちも、何もかも、これ以上ないくらいかの人と一致していた。
「あの……エバン・アルベール公爵令息様、ですよね」
疑問形で尋ねたはずなのに、ほとんど確信に近かった。
当たり前だ。三年も目で追いかけていた相手だ。違うはずがない。
そして、彼の答えも決して本人であること自体を否定するものではなかった。
「すでに除籍された身ですので」
悲しそうに目を伏せる姿さえも美しい。気を抜けば歓喜の悲鳴が漏れてきそうで、咄嗟に口元を押さえる。
危なかった。公爵令息改め、エバン様の前で失態を演じるわけにはいかない。シリアスな場面なのに、にやけてしまうなんて自分本位なところなど彼には見せられない。
「失礼いたしました」
コホンッと一つ咳払いして、貴族スイッチを入れ直す。
「よろしければ私の屋敷にいらしてください」
客だけでなく従業員まで取り調べを受けている中、すぐに営業再開とはならないだろう。それに、このまま彼を置いておくとなると更なるトラブルに発展しかねない。
「詳しくはそちらで伺いますから」
あくまでも合理的な判断、というポーズを取ってはみるが、本音では俺が彼を連れて帰りたいだけ。
しかし、エバン様は俺に騙されてくれるらしい。
「わかりました。ご迷惑でないようでしたら、お邪魔させてください」
心配になるほどあっさり了承を得られてしまった。
「こちらこそ、エバン様がお越しになるには狭いところですが……」
本当に良いのか?
夢のような展開に念押ししたい気持ちが生じるけれど、再確認した結果、万が一にでも心変わりされては堪らないので、これ以上は我慢する。
そんなのは愚か者がすることだ。こんな一生に一度あるかの幸運、みすみす逃すわけにはいかない。
さあ、言質は取れた。善は急げ。
「では、参りましょう」
差し出した手に彼の指がそっと乗せられる。見た目以上にひんやりしている。血の気が引いているのかもしれない。
不憫だ。本来なら皿洗いどころかセクハラなんて経験するはずもなかったのに、あんな目に遭うなんて。
「店先に馬車を待たせてありますから」
エスコートと呼ぶには短すぎる距離を彼の歩幅に合わせて歩く。
表ではちょうどギュンターたちが聞き取り調査を行っていた。
その中に先ほど無礼を働いたやつはない。すでにしょっ引かれた後なのだろう。さすがはギュンター、仕事が速い。
あんな下賤な者の姿、エバン様に二度と見せたくなかったので好都合だ。
まあ、噂の新入りがエバン様だと判明した時点で、ここに残すという選択肢は消失している。どのみちアイツと関わることなど永遠にない。
しかし、だからといって無言でエバン様を連れ去るわけにはいかないのが、法治国家の辛いところ。ゆくゆくは雇用契約書を破棄させねばならないが、ひとまず一方的に宣言させてもらおう。
「彼は俺が貰い受けることにした」
なんだか悪役になった気分だ。
いくら店の主であっても、相手はクロイツェル男爵領の民。封建制度が採られる王国において、法が許さぬこと以外、領民は次期領主の俺に逆らえない。
エバン様を馬車に乗せながら、チラリと女将の様子を窺う。
何か返事を期待していたわけではないが、彼女は青ざめるばかりで、引き留める素振りすら見せようとしない。
客から逮捕者が出たのが堪えたのか、それともようやく事の重大性を理解したのか。これを機に意識を改めてもらいたいものだ。
「今後はこういったことがないように」
多少噂になるかもしれないが、店の悪評を広める気はない。行く当てのなかったエバン様を拾ってくれたこと自体はありがたいし、従業員を路頭に迷わすような真似はなしだ。
余所も似たり寄ったりの体質なら尚更。店を潰すよりも全面的な治安向上を目指す方が吉と見た。
そんな私情込みの温情をどう受け取ったのかは定かでない。だけど今は、腰を折って馬車を見送ってくれた彼らの誠意を信じてみたかった。




