第3話:皇帝の職権乱用と、祖国からの炎上お問合せ
翌朝、十分な睡眠とアルカイド陛下直々の【戦略的投資】によって、前世からの胃痛が完全に消え去った私は、意気揚々と執務室へ向かった。
「おはようございます、陛下! 本日も神々のスケジュール監査を開始いたします」
「あぁ、おはようヒラリー。待っていたぞ。……お前の『席』はそこだ」
アルカイド陛下はいつもの冷徹な表情を崩さなかったが、サファイアブルーの瞳はどこか微かにそわそわしている。彼に指し示された場所を見た瞬間、私は自分の目を疑った。
「えっ……? これ、何ですか?」
彼の漆黒のデスクの真真真隣――手を伸ばせば触れられるほどの至近距離に、明らかに部屋のインテリアから浮いている【最高級のマホガニーで作られた、超巨大な特等デスク】が鎮座していたのだ。
しかも、椅子は王族が使うような極上のシルククッション付き。デスクの上には、私が使いやすいようにと完璧に分類された書類と、見たこともない最高級の魔導ペンが綺麗に整列している。
「お前のような危険なほどの有能さを秘めた駒を、他の有象無象の目に触れさせるわけにはいかない。国家最高機密の管理として、私の目の届く最も近い場所で監視するための措置だ。文句は受け付けない」
「監視の割には椅子のクッションがふかふかすぎませんか!? というか近すぎます!」
「近くない。私がいつでもお前の作業効率をチェックできる距離だ」
大真面目な顔で言う絶対零度の皇帝に、周囲の側近たちは「陛下が強固な言い訳でヒラリー様を囲い込んだ……」と生暖かい視線を送っている。前世のブラック企業ではパイプ椅子だった私が、異世界でこんな最高待遇(監視名目)を受けるなんて。
(よし、このホワイトな職場環境のためにも、前世の事務職スキルをフル稼働させてみせるわ!)
私が特等席に座り、神々の機嫌とタスク管理を秒速で処理し始めた、その時だった。
デスクに置かれた王宮直通の『魔導通信鏡』が、火を噴くような勢いで激しく明滅し始めたのだ。
画面に映し出されたのは、髪をボサボサに振り乱し、目の下にギョとするほどのクマを作った元婚約者・エリオットの姿だった。後ろでは王宮の窓の外が、大洪水と嵐で世界の終わりのように荒れ狂っている。
『ヒ、ヒラリーーーッ!! 頼むから今すぐ王宮に戻ってきてくれ!!』
鏡の向こうで、エリート神官だったはずの男が、プライドをかなぐり捨てて叫んでいた。
『引き継ぎがないせいで神々のスケジュールが完全に崩壊したんだ! 雨の神と太陽神が同時に出勤して国中が干上がった後に大洪水だ! これ明日までに何とかしないと、俺はクビどころか処刑されるんだよ!!』
前世の私なら胃を痛めて平謝りしていた【現場のミスによる大炎上クレーム】。だが、今の私はここの専属だ。私は完璧な『営業スマイル』を浮かべ、冷ややかに言い放った。
「エリオット様、大変申し訳ございませんが、私への事前のアポなしでの緊急お問合せは受け付けておりません。また、仕様書の引き継ぎに関しては、退職前に『不要』と仰ったのはそちらですよね?」
『頼む! 悪かった! だからこの『神々のご機嫌取りのテンプレート』を今すぐ送れ! 金ならいくらでも払う!』
夕方17時に無茶振りを連発していた男が、今度は自分が「明日までねw」の絶望を味わっている。これ以上ない最高の因果応報だ。
私が「お引き取りください」と言おうとした瞬間。
私の隣から、周囲の空気を一瞬で凍りつかせる絶対零度の声が割り込んだ。
「我が国の新たな頭脳に向かって、ずいぶんと見苦しい無茶振りだな、泥棒神官」
アルカイド陛下が、私のデスクに片手を突き、上から画面を見下ろすようにして割り込んだのだ。その瞳は、元婚約者をゴミのように見下している。
『へ、陛下!? なぜヒラリーがあなたの隣に――』
「金なら払う、と言ったな。ふん、笑わせるな」
アルカイド陛下は冷酷に唇を歪め、冷徹極まりない声で言い放った。
「彼女のその卓越した知性に値段をつけるというなら、お前たちの国ひとつを丸ごと差し出したところで、到底足りはしない。そんな安い金額で我が国の至宝を買い叩こうとするな」
『な、なんだと……!?』
「お前たちの不手際による【特大バグ(天変地異)】など、そちらの組織内で勝手に処理しろ。二度と我が領地の通信網を汚すな」
アルカイド陛下はそう言い捨てると、迷うことなく魔導通信鏡の電源を【強制遮断(ガチャ切り)】した。
ガシャアアン!!と音を立てて通信が切れ、静寂が戻る。
「陛下……国ひとつでも足りないなんて、少し言い過ぎでは?」
心配する私に、氷の皇帝は私のデスクの上の書類へ視線を落としながら、ふいと顔を背けた。
「……事実を言ったまでだ。お前はそれだけの価値がある仕事をしている。……それと、あのような無能の言葉を真に受けて、また胃を痛めるような真似は許さん。……さあ、次のタスクだ。私と一緒に、温かいお茶を飲むスケジュールを最優先で組み込め」
他者には絶対零度の冷酷な男が、私にだけ見せる、この不器用で圧倒的な全肯定。
こうして、祖国が大炎上するのを尻目に、私の最高にホワイトで過保護な新生活が、本格的に幕を開けたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「ヒラリーの事務職ロジックが爽快だった!」「アルカイド陛下の赤面フリーズがもっと見たい!」と思ってくださったら、画面の下にある【ブックマーク登録】や、評価の星【★★★★★】をポチッと押して応援していただけると、毎日の執筆の大きな励みになります。
毎日定時で最新話をデプロイ(更新)していきますので、明日もまた、この過保護でホワイトな執務室でお会いしましょう!(ビジネススマイル)




