第2話:神々の無理難題は、前世の根回しで片付けます
「おい、ヒラリー。昨夜の雷は確かに見事な『調整』だったが、今度は本物の非常事態だ。すぐに私を置いてこの場から避難しろ」
追放されて二日目の朝。
黒山の孤島にあるアルカイド陛下の暫定執務室へ向かうと、彼は昨日よりもさらに冷たい雰囲気を纏い、険しい表情で外を睨みつけていた。
窓の外を見ると、まだ朝の8時だというのに、肌が焦げるような強烈な直射日光が島を照りつけている。地面の草木は一瞬で枯れ始め、大気がメラメラと歪んでいた。
「太陽神・アポロンの暴走だ」と、アルカイド陛下が低く冷徹な声で言った。
「あの神は一度へそを曲げると、世界が干上がるまで日光を降り注ぐ。先ほどから我が軍の魔術師たちが『お願いですから沈んでください』と祈りの魔力を送り続けているが、一切効果がない。私が直接、剣の魔圧で太陽の光軸を叩き斬るしかない」
彼の手が、氷の魔力を帯びた大剣にかかる。
その横では、心身ともに限界を迎えた冥府軍の魔術師たちが「もう魔力がすっからかんです……」「あの神、話が通じなさすぎる……」と床に倒れ伏していた。
その光景を見た私の脳裏に、前世の『あの記憶』が鮮烈によみがえる。
(あぁ……これ、完全に【仕様変更を繰り返すくせに、こちらの言い分を一切聞かない大御所の取引先】と同じ構図だわ)
前世の私なら、胃に激痛を抱えながら平謝りのメールを送るところだが、今の私は自由の身。しかも手元には、神々の詳細な性格データがすべて頭に入っている。
「アルカイド陛下、剣を収めてください。神に対して『沈んでください』という直球の交渉は完全にNGです。あの方々はプライドの塊ですから、こちらの要求をそのままぶつけても『命令された』と受け取って逆効果になります」
「……ではどうする。このままでは数時間でこの砦は干上がるぞ」
アルカイド陛下のサファイアブルーの瞳が、不信感と焦燥で私を射抜く。
私は営業事務時代に何度も修羅場をくぐり抜けてきた『完璧な微笑み』を浮かべ、胸を張った。
「こういう時は、【事前の根回し(外堀を埋める)】です」
私はすぐにデスクの羊皮紙を引き寄せ、アポロン神ではなく、その隣の席にいる『芸術の女神』宛てに、前世のビジネス文書の極意を尽くした手紙を書き始めた。
『親愛なる芸術の女神様へ。本日、太陽神様が放たれる御光のグラデーションは、あなたの描かれる絵画の後景としてこれ以上ないほど至高の美しさです。ただ、あまりの熱量にこちらの人間の目が眩んでしまい、せっかくの素晴らしい芸術作品を最後まで拝見できないのが悔やまれてなりません。もしよろしければ、ほんの少しだけ雲のカーテンで陰影をつけていただけないでしょうか?』
インクが乾くよりも早く、私はその手紙を魔法の通信網で送信した。
直後――。
ジリジリと燃え盛っていた太陽の前に、芸術的で美しい、ひんやりとした積乱雲がふわリと滑り込んできた。強烈な熱線は遮られ、砦の周りには心地よい涼風と、絵画のように美しい木漏れ日が広がる。
「な……ッ!?」
アルカイド陛下が、驚愕のあまり持っていた大剣を床に落とした。カランと高い音が響く。
床で倒れていた魔術師たちも、「涼しい……!?」「アポロン神が自ら光を抑えたぞ!?」と飛び起きた。
「太陽神アポロン様は、芸術の女神様に褒められるのが何よりの生きがいですから」
私はふふっと笑ってペンを置く。
「本尊に直接言うのではなく、横のキーマンに根回しして『あなたの作品を引き立てるために、ちょっと出力を調整して』と言わせる。これが大御所クレーマーを機嫌よくコントロールする鉄則です」
静まり返る執務室の中で、絶対零度の皇帝アルカイド陛下が、ゆっくりと私に近づいてきた。
そのサファイアブルーの瞳には、警戒を通り越した強烈な『敬意』と、私という未知の存在への『底知れない関心』がギラギラと灯っている。
「……神々という世界の理すら、紙切れ一枚の『根回し』とやらで手懐けるか。恐ろしい女だな、お前は」
陛下は落ちた剣を拾い上げると、私の手を掴み、執務室の奥にある大きなビロードのソファへと私を半ば強引に連れて行った。
「陛下……? まだ朝の8時過ぎですし、次の業務が――」
「座れ。これは皇帝としての命令だ。お前は昨夜からろくに眠っていないだろう」
アルカイド陛下はそっぽを向きながら、冷淡な声で言い放った。しかし、私を押すその手は驚くほど優しい。
「勘違いするな。お前のような『超国家機密級の有能な駒』を、初日から過労で潰されては我が国の大損失だ。お前をここで休ませるのは、明日から効率よく酷使するための【戦略的投資】に過ぎない」
そう冷たく言い張りながらも、彼は慣れない手つきで棚から最高級の茶葉を取り出し、自ら温かいハーブティーを淹れ始めた。周囲の魔術師たちが「へ、陛下が自らお給仕を……!?」と驚天動地のような顔で見守っている。
「ほら、飲め。これを飲み干したら強制的に仮眠をとれ。私の目の前で倒れることは許さん」
差し出された温かいカップの向こうで、アルカイド陛下は不機嫌そうに腕を組んでいたが、その耳の裏がほんのりと赤くなっているのを私は見逃さなかった。
(ふふ、随分と手厳しい【戦略的投資】ですね、陛下)
前世のブラック企業では「替えの利く歯車」と見下されていた私が、この絶対零度の皇帝からは、無視できないほど価値のある存在として、彼なりの不器用な言葉で全肯定されている。
温かいお茶が、私のすり減っていた心へ優しく染み渡っていくのを感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。
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毎日定時で最新話をデプロイ(更新)していきますので、明日もまた、この過保護でホワイトな執務室でお会いしましょう!(ビジネススマイル)




