第23話:魔力炉の再起動と、皇帝の告白
「――残るエラーログは、あと三つ。これらを上書きすれば、世界は完全にリブート(再起動)します」
最高監査官ルシフェルが消滅した天界の祭壇の前で、私は激しく指先を震わせながら、魔導ペンの先端を虚空の光の回線へと滑らせていた。
マイナス百度の冷気は、アルカイド陛下の張ってくれている強力な結界があっても、私の無魔力の身体を確実に蝕んでいる。肺の奥が凍るように痛く、意識の端が白く霞み始めていた。
かつて前世のブラック企業で、徹夜のシステム障害対応をこなし、深夜三時のオフィスで限界の頭を叩き起こしながら修正パッチを打ち込んでいたあのデスマーチの感覚。だが、あの頃と決定的に違うのは――。
ガタガタと、激しく震える大きな手が、私の右手をペンごと包み込んできたことだ。
「もういい……! もうやめろ、ヒラリー……!」
驚いて振り返ると、そこにいたのは『絶対零度の皇帝』ではなかった。
アルカイド陛下は漆黒の軍服の袖を氷の残滓でボロボロに汚し、サファイアブルーの瞳に見たこともないほど生々しい「ガチの恐怖」と焦燥の涙を滲ませて、私の顔を見つめていた。
世界最強の男が、私の身体が冷え切っていく姿を見て、本能的な恐怖で理性の防壁を完全に溶かしきっていたのだ。
「お前の身体はすでに限界だ……! 世界のインフラなどどうなってもいい、人類が滅びようが知ったことか! これ以上お前がその知性を削り、私の目の前で消え去るくらいなら、私は今すぐお前を抱いて冥府の底へ引き籠もる!」
「陛下……」
「頼むから私を置いていくな……! お前のいない世界など、私にとっては息をすることすら不愉快な暗黒の監獄と同じだ。私を引き裂くような真似はしないでくれ……!」
それは、戦略的投資だの安全管理だのといったこれまでのすべての言い訳が、私を失う恐怖によって木っ端微塵に吹き飛んだ、一人の男の剥き出しの精神的依存だった。
前世の孤独なオフィスでは、どれほど限界を超えてすり減っても私の手元を案じてくれる同僚はおらず、ただ深夜の暗闇に一人静かに置き去りにされるだけだった。
なのに今の私は、この世界最強の男が「お前がいない世界なんて意味がない」と泣き叫んで私の存在そのものを渇望し、全身全霊で私の手を握りしめてくれている。
だからこそ、私の凍えかけた心臓は、これ以上ないほど熱い愛おしさと、彼への深い信頼の熱で、激しく滾り上がる。
「……ふふ、言いましたね、陛下。世界を敵に回してまで私を守ろうとするその熱い『バックアップ』があるなら、私は絶対にフリーズなんてしませんわ」
私は残る魔力を振り絞り、彼の大きな手ごと、最後の再起動ボタン(光のコア)へとペンを力強く突き立てた。
「エラーの全クレンジング、完了! 世界を再起動いたします!」
カシャァァァン!!!と、世界の底から目も眩むようなまばゆい純白の復旧光が爆発し、天界の暗黒の吹雪を一瞬にして消し去っていく。
その瞬間、世界に完璧な平穏がリブートされた光の奔流の中で、アルカイド陛下は私を壊れ物のように優しく、けれど二度と離さないという強烈な力でその温かい腕の中に深く抱きすくめてきた。
「……お前が世界を救ったのではない。お前が私の世界を、今この瞬間につなぎ止めてくれたのだ。ヒラリー、もう絶対に私のそばから離れるな」
アルカイド陛下は感動でサファイアブルーの瞳を濡らしながらも、私の首元にその銀色の髪を深く埋め、耳の裏まで真っ赤に染め上げて私の存在を確かめるように強くホールドしてくる。
前世の孤独なデスマーチの果てには、虚しい機能停止(過労)と冷たい終わりしかなかった。
なのにこの世界で最強の男は、私のデバッグによって救われた世界の光の中で、ただ私に愛されることだけを純粋に、そして最高に甘くおねだりしている。
胸の奥が、これ以上ないほど温かい安心感と、二度と侵されない絶対的な特別扱いの熱で満たされていく。
「ふふ、わかりました。これからは有給休暇のスケジュールも、二人で一緒に組み込みましょうね、陛下」
私が微笑んで彼の広い背中に両手を回すと、アルカイド陛下は愛おしそうに目を細め、光輝く天界の中心で、私の薬指のサファイアの指輪へ、生涯の不変の愛を誓う深い口づけを落とすのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
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