第22話:二重監査による神への制裁
「天界の親機権限(ルート権限)によるハッキング……。ええ、素晴らしい着眼点ですわ、最高監査官様」
黒いバグの電流が左手薬指のサファイアの指輪を焼き狂おうとする極限状態の中、私は完璧に冷めきったビジネススマイルを浮かべた。
アルカイド陛下から指輪へと注ぎ込まれる絶対零度の膨大な魔力が、私の脳内インデックスと完全に同調し、天界の全システムログの暗号を一ミリ単位で解読していく。
「往あがき(悪あがき)は無駄だ! その指輪が同期された今、お前の知性も冥府の国も、すべては天界の法の下に支配される!」
狂喜の声を上げる最高監査官に対し、私は魔導ペンを虚空へ真っ直ぐに突きつけた。
「いいえ、支配されるのはあなたの方です。私が仕掛けた【入国管理システム】の記述コードの最終行――そこに仕込まれていた隠し規約のログをお見せいたしますね」
私がペンを跳ね上げると、指輪から放たれていた黒い電流が一瞬で純白の光の波形へと反転し、大魔力炉の全画面へ【二重監査エラー】の警告文を警告音と共に叩きつけた。
「な……ッ!? 天界の最高法規が、なぜ弾かれる!?」
「簡単なロジックですよ。あなたが『親機権限』を行使して私のシステムへ侵入したその瞬間、天界の過去三百年分のすべての『魔力運用ログ』が、我が国のシステムと相互監査される仕様になっていたのです」
魔導鏡の画面に、上位神たちが過去に地上の人間の手柄を横取りし、魔力を不正に隠蔽していた無数の「改ざんログ」が、動かぬ証拠としてズラリと可視化されていく。
前世のブラック企業で、自社の非を認めず上から目線で叩き潰そうとしてきた悪質な親会社に対し、過去の全取引データを二重監査で徹底的に洗い出し、相手の不正を暴いて力関係を完全に逆転させていたあの泥臭いコンプライアンス法務の応用。神の絶対的な特権すら紙切れに変える、現代のバックオフィスの執念の勝利だった。
「国際魔導規約・第4条。監査対象に重大な不正ログが検知された場合、その監査官の全権限は【永久剥奪(強制シャットダウン)】されます。最高監査官様、あなたのルート権限は、今この瞬間を以て完全に無効ですわ」
「バ、バカな……! 神の法を、人間の事務処理が上回るなど……あァァァァァッ!!」
画面に【アクセス権限拒否】の文字が冷酷に印字されると同時に、最高監査官の魔導書が爆発。
神の権限を完全に剥奪された彼は、屈辱と絶望の叫び声を上げながら、大魔力炉の底へと無様に引きずり落とされ、光の粒子となって完全消滅した。
神の罠を完璧に逆ハッキングして制裁する、至高の知的ざまぁの完成だった。
静寂が戻った祭壇の前で、アルカイド陛下は氷の大剣をガシャインと音を立てて収めると、私の身体を後ろから強引に、けれど愛おしそうに骨が軋むほど強く抱きすくめてきた。
「……見事だ、ヒラリー。神の不正をリーガルで刺し殺すお前の冷酷な知性、ぞくぞくするほど美しいな」
アルカイド陛下はいつものポーカーフェイスを完全に崩し、サファイアブルーの瞳に狂おしいほどの独占欲と興奮の熱を宿して私を見つめていた。
彼は私の首元に自分の銀色の髪を深く埋め、耳の裏まで真っ赤に染めながら、激しく脈打つ心音を背中越しに伝えてくる。
「これでお前を脅かすバグ(敵)は世界から完全に消滅した。お前のその圧倒的な有能さへの対価として、戻ったらすぐにでも私の全資産の移転手続き(結婚式)を最優先タスクで実行させてもらうぞ。二度と差し戻しは認めん」
「陛下……まずはこの大魔力炉の最終リブート(再起動)が先決ですわ」
氷の皇帝の理性が、神すら手玉に取った私のロジックの前で完全にメルト(完全敗北)し、独占欲全開の甘すごすぎるご褒美をおねだりしてきている。
前世の孤独なオフィスでは、理不尽な圧力から身を守るためにどれほど泥臭く立ち回っても正当な評価は得られず、ただ冷たく切り捨てられるだけだった。
なのにこの世界で最強の男は、私の冷徹な仕事ぶりに心底惚れ込み、世界で一番甘い特等席を強引に用意して全力で私を愛し抜こうとしてくれている。
胸の奥が、これ以上ないほど甘い安心感と、絶対に揺らがない幸福な温かさで満たされていく。
「ふふ、わかりました。帰国後のスケジュール管理、しっかりさせていただきますね」
私が微笑んで繋いだ左手を握り返すと、アルカイド陛下は満足そうに目を細め、静まり返った天界の最奥で、私の薬指の指輪へ深く熱い誓いの口づけを落とすのだった。
――あとは、目の前で静かに再起動を待つ、大魔力炉の起動ボタンを押すだけ。
世界の新しいタイムラインが、今まさに私たちの手によって動き出そうとしていた――。
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