第15話:ビジネスから愛への、差し戻し不可の求婚
祖国が自業自得のバグで内部崩壊し、エリオットの鉱山送りが確定した、その日の夜。
静まり返った執務室で、私は残務処理を終えてペンを置いた。
「これで本日分のタスクはすべて完了ですね」
物理的に連結された真隣のデスクに向かって声をかけると、アルカイド陛下はいつもの冷徹なポーカーフェイスのまま、しかしサファイアブルーの瞳に自分でも制御しきれないほどの深い熱を宿して私を見つめていた。
「あぁ、お疲れ様、ヒラリー。……最後に、お前に確認してほしい【重要書類】がある」
陛下はそう低く滑らかな声で言うと、完璧な公用文のフォーマットで書かれた一枚の羊皮紙を、私のデスクの上へと滑らせてきた。
(あら? また新しい神々との契約書かしら?)
前世の営業事務としてのプロフェッショナルな視線で、私はその書類の項目に目を落とした。だが、記載されている文言を読み進めるうちに、私の心臓がドクンと大きく跳ね上がった。
【終身愛の誓約書――兼、正妃雇用契約書】
【甲は、乙の全存在、知性、およびその生涯を未来永劫にわたり独占するものとする。対価として、甲の全生命、国家予算の全て、および生涯にわたる無条件の肯定と溺愛を支給する】
「……陛下、これはいったい……?」
驚いて顔を上げると、そこにいたのは『冷徹な皇帝』ではなかった。
アルカイド陛下は連結されたデスクの向こう側から私の前に回り込むと、ゆっくりと私に向かってその長い足を折り、大理石の床へ膝をついたのだ。
絶対零度と恐れられた世界最強の男が、私の前に傅いている。
彼は私の左手を取り、そこに輝くサファイアの指輪のすぐ上に、誓いを立てるように熱い唇を寄せた。その大きな手は、私の答えを恐れるかのように微かに震えている。
「ヒラリー。もう理屈の防壁(言い訳)はすべて終わりだ」
陛下はサファイアブルーの瞳を潤ませ、初めて剥き出しの本音と、狂おしいほどの愛おしさをその声に乗せた。
「これは、お前を効率よく酷使するための『戦略的投資』でもなければ、他国の男から隔離するための『防犯』でもない。私が、私自身の理性を完全に失うほどにお前を激しく愛し、誰の手にも触れさせたくないという、ただの利己的な我が儘だ」
「陛下……」
「お前がいない世界など、私にとってはフリーズした暗黒の領地も同然だ。お前を安い給料で搾取し、歯車のように扱ったあの無能どもとは違う。私はお前のその美しい知性を、その存在のすべてを、世界一の特等席で一生甘やかし尽くすと誓う。……だから頼む、ヒラリー。私を一生、お前の最優先スケジュールに登録してくれないか? この求婚への承認を……私にくれ」
氷の皇帝が、私の圧倒的な有能さと存在に、完全に心をハッキングされて絶対的な降伏を告げている。
前世ではどんなに粉骨砕身して働いても自分の席すら危うく、孤独な夜の中に置き去りにされるだけだった。
なのに今の私は、この世界最強の男のすべてを報酬にして、生涯離したくない本物の至宝として乞われている。
胸の奥が、これ以上ないほどの甘い歓喜と、絶対に揺らがないホワイトな温かさで満たされていく。
私は、前世の営業事務としてこれ以上ないほど輝かしい、そして心からの微笑みを彼に向けた。
「ふふ、分かりました。以下の追加条件――『私を一生退職させず、世界一過保護に愛し続けること』を適用していただけるなら……この求婚、喜んで【内定(承諾)】いたしますね、陛下」
「あぁ……! 契約成立だ。これより我が国は、お前を正妃(共同統治者)として迎えるための『大規模システムアップデート』を開始する」
歓喜に瞳を濡らしたアルカイド陛下は立ち上がると、私の腰を強引に引き寄せ、壊れ物を扱うように優しく、けれど二度と離さない強さで私を深く抱きしめてきた。
彼の熱い吐息と、耳の裏まで真っ赤に染まった純情な温もりが、私の全身へと愛おしく伝ってくる。
こうして私たちは、ビジネスの境界線を越えて生涯の永遠を誓い合い、私たちの聖域はこれ以上ないほど甘く完成した。
――しかし、この幸福なシステム承認の直後、執務室の窓の外が、突如として見たこともない『禍々しい暗黒の吹雪』に包まれた。
天界の魔力サーバーが大音響と共に爆発し、世界の根幹を揺るがす【世界規模の魔導サーバーダウン(物理的障害)】が、ついに私たちの目の前で最悪の牙を剥いた瞬間だった――。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
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