第13話:業務標準化と、大人のディスタンス
「――これでよし。宮殿内の全事務フローにおける『業務標準化マニュアル』、第一版が完成いたしました」
私は連結された一体型巨大デスクの左側で、魔導ペンを置き、美しくファイリングされた書類をパタンと閉じた。
いつもなら出勤した瞬間にアルカイド陛下の逞しい両腿の上に回収され、そこがデフォルトの指定席のようになっていたが、今朝は違っていた。私たちはデスクを物理的に連結させ、お互いに対等な国家の動力を担うプロフェッショナルとして、少し離れた席から鋭い視線で書類をチェックし合うという、適度な大人のディスタンス(距離感)を保っていたのだ。
しかし、私が仕事を一つ終えて小さく息を吐いた瞬間、その静かな距離感は音もなく崩れ去った。
「よくやった、ヒラリー。お前が席を離れて仕事をしている間、私の胸の奥がどれほど寒気(嫉妬)で凍りつきそうだったか、分かっているのか」
アルカイド陛下が音もなく私の椅子の後ろへと回り込み、その逞しい両腕で私の腰を優しく、けれど二度と離さないという強い意思を込めてがっちりと包み込んできた。彼の心地よい冷気を帯びた熱い体温が、私の背中からじわりと染み渡ってくる。
「陛下、公私の線引きを少し明確にした方が、内政の最適化(業務効率)が上がると判断したのですが」
「却下だ。そんな仕様変更は1ビットも承認せん」
アルカイド陛下はいつもの冷徹なポーカーフェイスの奥に、理性が狂いそうなほどの底なしの独占欲を宿し、私の椅子を力尽くで自分の真隣へと引き寄せた。サファイアブルーの瞳が至近距離で私を射抜き、彼の大きな手が私の頬をそっと包み込む。
「お前が設定した『ディスタンス』とやらは、私に対する重大なセキュリティホールだ。これ以上私から離れるなら、皇帝の職権で今日はお前を抱きしまま一歩も動かないスケジュールを組むが?」
「陛下、それはもはや業務妨害では……?」
「妨害ではない。私の理性を保つための、絶対に必要な『サーバーメンテナンス』だ」
氷の皇帝の理性が、私の作ったほんの少しの距離感によって、またしても完璧にシャットダウンして激しいデレを見せている。
前世の孤独なオフィスでは、どれだけ完璧に組織を支えても、誰の記憶にも残らず、有給すら取れずに使い潰されるのが当たり前だった。
なのに、この世界で最強の男は、私が少し距離を置いただけで理性を狂わせ、自分の人生の全スケジュールを私だけで満たしたいと強引におねだりしている。
胸の奥が、これ以上ないほど甘い安心感と、強固な独占の熱で満たされていく。
「ふふ、分かりました。これからは『密着業務』を標準化マニュアルに組み込んでおきますね」
私が微笑んで彼の胸元に身を預けると、アルカイド陛下は満足そうに目を細め、愛おしそうに私の薬指の指輪にそっと口づけを落とした。
私たちが最高にホワイトで甘い「標準化業務」を執行していたその頃、優秀なストッパーを失った祖国の王宮では、ついに神々の感情データが限界を迎え、魔導回路が【完全ブラックアウト(国家機能の完全停止)】を引き起こしていた。
元婚約者のエリオットが「街の明かりが全部消えた!? マニュアルの文字が読めないィィ!」と暗闇の中で血尿を吐いて絶叫していることなど、私は少しも思い出しもしなかった――。
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