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第12話:初めてのガチ嫉妬と、氷の境界線

「初めまして、ヒラリー様。私が今回の最終契約の調印式を任されました、外交官のラインハルトです」


冥府の国の謁見の間。祖国からやってきた若いエリート外交官は、私の前に立つと、完璧な貴族の礼を執った。


だが、彼の甘い栗色の瞳には、仕事の緊張感とは明らかに違う『熱』が宿っていた。彼は私のデスクに置かれた最高級の魔導ペンを持つ手をじっと見つめ、下心を隠さず一歩近づいてきたのだ。


「……まさか、これほど美しく知性に溢れた令嬢が、あの国で『無能の伝言係』などと貶められていたとは。我が国の無能どもに代わり、心からお詫び申し上げます。ヒラリー様、もしよろしければ――今回の問題が解決した後、私の正式な妻として、我が国へお戻りいただけないでしょうか? あなたのような至宝、私が一生大切にいたします」


そう言うと、彼は私の手を取ろうと、その指先を伸ばしてきた。


(ハハ、笑わせるわね。これ、前世のブラック企業で言えば【大炎上して崩壊しかけた会社が、慌てて辞めた優秀な元社員を甘い言葉でヘッドハンティングしにきた】だけの、典型的なやり口じゃない。今さら都合のいい条件を出されても、私の労働価値(知性)を差し戻すつもりなんて1ミリもないわ)


私が前世の鉄壁のビジネスモードで、彼を笑顔のまま冷酷に突っぱねようとした――まさにその瞬間だった。


ドガァァァァァン!!!


謁見の間全体の空気が、一瞬でマイナス数十度の『絶対零度』へと叩き落とされた。


あまりの激しい衝撃と冷気に、窓ガラスに一瞬で幾何学的な氷の紋様が走り、床の大理石がパキパキと凍りついていく。


「ひっ……!?」


若い外交官の指先が、私の手に触れる寸前で、ガチガチの氷の塊に変わっていた。彼は恐怖のあまり腰を抜かし、凍った指を抱えて大理石の床へ無様に転がった。


「その汚い手で、私の至宝に触れるな」


背後から響いたのは、もはや人間のものではない、地獄の底から響くような冷酷無比な咆哮。


物理的に連結されたデスクを蹴るような勢いで立ち上がったアルカイド陛下が、私の腰を強引に引き寄せ、自分の背後に完璧に隠したのだ。


陛下のサファイアブルーの瞳は、普段の冷静さなど木っ端微塵に吹き飛び、激しい嫉妬と狂おしいほどの独占欲で真っ黒に濁り狂っている。全身から溢れ出る圧倒的な氷の魔圧が、謁見の間全体を圧殺せんばかりに吹き荒れている。


「へ、陛下……!? 公の調印式です、理性を――」


「黙れ、ヒラリー! 私は今、猛烈に不愉快だ!」


アルカイド陛下は私の言葉を遮り、床で震え上がっている外交官を、ゴミ虫を見るような冷徹な目で睨みつけた。


「一度は無能と切り捨てて泥を押し付けた身勝手な国が、今さらその濁った目で私の妻(予定)を見るな。命が惜しければ、契約書にサインして一秒で私の視界から消え失せろ。さもなくば、お前たちの国ごと今すぐ氷河期に変えてやる」


「ひ、ひえええっ! 申し訳ございませんっ!!」


外交官は凍った手で必死に契約書にサインを書き殴ると、警備兵に引きずられるまでもなく、無様に四つん這いになって謁見の間から逃げ去っていった。


静寂が戻り、パキパキと氷の解ける音が響く中、アルカイド陛下は激しく肩を上下させていた。国家のトップとしての威厳すらかなぐり捨てて、ただの『嫉妬深い男』として本能のままに暴走した姿。


彼はゆっくりと振り返ると、私の両肩をガシリと掴み、熱い吐息が届く至近距離で私を見つめた。サファイアブルーの瞳が、焦燥と独占欲で揺れている。


「……私の前で、他の男にあのような笑みを向けるな。お前がただのビジネスライクな対応をしていただけだとしても、私の胸の奥がかきむしられるように痛むのだ。ヒラリー、頼むから私だけを見てくれ」


「陛下……あれは単なる営業スマイルですよ。私の本物の笑顔は、最初から陛下だけのものです」


そう言って私が彼の服の袖をそっと引くと、氷の皇帝は一瞬で毒気を抜かれたように目を見張り、次の瞬間には耳の裏まで真っ赤に染め上げた。


彼は私の腰を二度と離さないと言わんばかりに強く抱きしめ、その銀色の髪を私の首元に深く埋めてくる。


前世の孤独なオフィスでは、どれだけ他社からの誘いがあろうと誰も気にかけてくれず、最後はただボロ雑巾のように使い潰されるだけだった。


なのにこの世界で最強の男は、他人の安易なプロポーズに激しい嫉妬を燃やし、まるで子供のように私を強く抱きしめて、私の言葉一つで救われている。


胸の奥が、これ以上ないほど甘い安心感と、強固な独占の熱で満たされていく。


私が新しい国で皇帝陛下の「初めてのガチ嫉妬」を極上の甘さで宥めていたその頃、命からがら逃げ帰った若い外交官が、王宮で「冥府の皇帝は本物のバケモノです!交渉は決裂です!」と腰を抜かって泣き叫び、祖国の滅亡が完全確定したことなど、私は少しも思い出しもしなかった――。



最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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毎日定時で最新話をデプロイ(更新)していきますので、明日もまた、この過保護でホワイトな執務室でお会いしましょう!(ビジネススマイル)


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