解散前夜
ランクについて。上からSSS級,SS級,S級,A,B,C,D,E,Fの9段階ある。それぞれSSSは魔王、SSは魔王以外の100階層主、Sは深層(70〜100階層)の階層主に付けられている標準的なレベルである。
――パキィン。
そんな甲高い音が聞こえるとともに、帰還用の転移陣へ歩き出していた四季の足がピタリと止まった。
空間そのものが、まるでガラスが割れたかのような高音を立てたのだ。
「おいおいおいおい!?」
「な、何これ……!? 空間の魔力濃度が異常に跳ね上がってる! 嘘、嘘でしょ、探知が真っ赤で、もう意味を成さない――ッ!」
レーダーにはヒビも入っていた。エリスが頭を抱えて声を荒げる。直後、彼らが立っていたボスの間の中央が、ドロリと黒く歪んだ。
時空の裂け目。
そこから、本来の97階層には存在するはずのない『異形の群れ』が、津波のように溢れ出てきた。
「ギチギチギチギチッ!」
天井を埋め尽くす、家ほどもある巨大な蜘蛛型モンスターの群れ。
「アハハハハ! ゲラゲラ!」
人間の関節を無視して不気味に蠢く、手足の長い人型の怪異。
それだけではない。地響きと共に現れたのは、一頭で国家を滅ぼしかねないS級モンスター
『迷宮の主’ミノタウロス’』
そして――。
「――――――グゥオオオオオオオオオオオオオーーーーッ!!」
洞窟の岩盤を融解させるほどの熱波を放ちながら、裂け目の奥から巨大な紅蓮の翼を広げ、天井を飛び回る赤黒い影。生物の生存本能を恐怖で麻痺させる圧倒的なプレッシャー。SS級――『赤竜』。赤竜の鋭いドラゴンブレス
(あいつらは本来この”南部”地下大迷宮では存在しない、他の迷宮の100階層を守る階層主だろ!?)
「っ……!? 構えろ! 防衛陣形だ!」
アルスの鋭い一喝で、辛うじて全滅の恐怖に縛られていたメンバーが動く。
「エレヴ・トワ・トリプル・アンサーンブル・サリソーン・レ・トワ・ヴォワル・ドゥ・ヴェリテ・フェルム・トワ・バリエール・アプソリュ『三重複合結界』!」
結界とブレスが激突し、激しい火花を散らして燦々と煌めいている。しかし、
ジルクニフの発動した結界はメキメキと音を立てて、今にも破裂しそうになっている。
ジルクニフの額から大量の汗が吹き出し、詠唱の手が微かに震える。
「マリーア、聖域を展開してくれ、持ちそうにない!」
「はいッ!」
「いやいい!!」
マリーアの返事を遮るようにアルスがエメラルドグリーンに輝く『聖剣オルテンシア』を解き放つ。
「エレヴ・トワッ!!」
それと同時に、エメラルドの刃が緑の光幕を広げ全員を守るように囲う。ブレスはシューという音と共に消される
「ハッ、ミノタウロスに赤竜だとよ……! 上等じゃねえか、やってやるぜえ!」
レオンが獣の牙を剥き出しにして大斧を抜き、握り直すが、その足は赤竜の放つ覇気に本能的な戦慄を隠しきれていない。
周囲を囲む無数の魔物。逃げ場のない97階層の最奥。転移陣はミノタウロスに踏み潰されて消えて無くなっていた。
絶望的な状況の中、アルスはきつく奥歯を噛み締めながら、隣の男を見た。
「四季、レオン……。赤竜を……頼めるか」
四季は深く、本当に深いため息をついた。
ボリボリと頭を掻き、首を一つ鳴らす。その瞳から、先ほどまでの気怠さが完全に消え失せ、冷徹なまでの魔力が立ち上る。
「はぁ……。軍資金も上乗せでお願いしますよ、リーダー。――まったく。」
レオンは威勢のいい声で「おう!」と一言。流石にあの自信家で剽軽者のレオンも赤竜はふざける暇もないようだ。しかしなぜ、こんな大量に。今までにも何度かこういうことはあったが、これはレベルが違いすぎる。階層間の時空が歪んだのか?そんなことを考えながら、久しぶりに魔法陣を展開するのだった。
「――来るぞ! 散れっ!」
アルスの叫びと同時に、赤竜が放った灼熱の劫火が地面をドロドロの溶岩へと変えた。
「こっちよ、この図体ばっかりのでくの坊ども!」
猛烈な熱波のなか、エリスが風を纏って跳躍する。探知魔術を逆探知のデコイへと変え、ミノタウロスたちのヘイトを強引に自身へと向けさせた。突進してくる巨躯の嵐を、紙一重のステップで躱していく。
「――光の女神よ、我が剣に勝利の祝福を(ブレイブ・ブレス)!」
後方でマリーアが、神聖魔術を編み上げる。その純白の光がアルスの身体を包み込み、彼の全能力を爆発的に引き上げた。
「うおおおおおおおおおっ!」
そんな咆哮を上げた刹那――
「『閃天の怒り(ライトニング・バースト)』!!」
強化されたアルスが地を蹴る。聖剣から放たれたのは、夜空を割る雷霆のごとき一閃。眩い光が洞窟を白く染め上げ、斧で受け止めたミノタウロスを、その斧ごと巨体を一刀両断に切り伏せた。一息ついている暇は、今はない。
「アルス、右から蜘蛛の群れだ!」
そのエリスの言葉に追随するように ――
「『爆炎連弾』!」
すかさず賢者ジルクニフが魔導書をめくり、中級魔術を十数発、同時展開で放つ。アルスの死角から迫っていた不気味な人型と蜘蛛の群れを、正確無比な砲撃で次々と蹴散らしていく。しかし、絶え間ない魔力消費にジルクニフの鼻からツッと血が伝った。
「トカゲぇ〜〜!」
レオンが獣化するかのように大きな咆哮を上げ、全身から血を噴き出しながらも赤竜の足元へ肉薄する。大斧を叩きつけ、竜の強固な鱗を強引に叩き割った。
「グルゥオオオオ!」
怒り狂った赤竜の尾がレオンを弾き飛ばそうとした、その瞬間。
「……させるかよ」
いつの間にか竜の脳天へと転移していた四季が、冷徹な声を落とす。
無詠唱で放たれたのは、漆黒の魔力。
「なっ、動きが、止まった……!?」
レオンが目を見張る。魔力で完全に拘束され、力無く空中から落ちていく。
「まずッ!」
赤竜の全身から、暗闇を白日に変えるほどの圧倒的な熱量が吹き荒れる。爆発的な焔は、絡みつく魔力を内側から爆破するように焼き焦がしていった。漆黒の魔力はその原初の炎の前では、ただの儚い薄氷に過ぎない。
(ふぅ。これじゃダメか。)
「レオン、全力で首を。……僕が、あの硬い鱗を完全に『剥ぎ取り』ます」
(さて、どうしたものか。)
魔法陣を展開する。
「氷結魔術は苦手なんだよッ!!…..」
あたり一面に氷の山が生成される。赤竜は完全に固定された。ドラゴンブレスを吐こうするも、口が冷えてなかなか出せないでいる。
「どれほど強固な赤竜の鱗であっても、絶対零度の冷気の前ではガラス細工のように脆く砕け散る。そうだろ!」
「応よぉ! 四季ィ!!」
階層の立派な柱をものすごい勢いで伝って満身創痍のレオンが、残る全筋力を爆発させて跳躍した。魔力を失った赤竜の首筋へ、魂を乗せた大斧が深く、深く振り下ろされる。
『アン・トランンンン!』
ズガアアン!! と激しい音を立てて、SS級の巨躯が、ついにその首を落とされて崩れ落ちた。
「やったぁぁ〜〜〜」全員が揃って歓喜の声を上げた。
全員が赤竜の前に集合する。残っていた魔物は赤竜の死とともに灰になって消えたようだ。しかしよくやったものだ、僕はよく働いた。と自分を褒めて上げる。こういうメンタルケアも冒険者をやる上では大事なことの一つだ。
「はぁ、はぁ……。ま、マジで死ぬかと思ったわよ……」
エリスがその場に座り込み、汗まみれの顔を腕で拭った。
アルスは聖剣を杖代わりにどうにか立ち、ジルクニフは荒い息を吐きながら眼鏡の汚れを拭いている。誰もが勝利を確信し、張り詰めていた糸を切らした、その瞬間だった。
「……? ねえ、なんか、やけに焦げ臭くない……?」
エリスがピクリと耳を動かし、不審そうに鼻を鳴らした。
彼女の視線が、ゴロリと地面に転がっている赤竜の『頭部』へと向く。
全員の視線が、それを追った。
そして、瞬時に理解した。全身の毛が恐怖で逆立つ。
死んだはずの竜の眼球が、爛々と狂気に濁ってこちらを睨みつけている。
切り離された首の顎がギリギリと軋み、その奥、漆黒の喉元に、太陽のごとき禍々しい紅蓮の光が凝縮されていた。
脳天を落とされようとも、魂だけで動き、敵を道連れにする――竜種の、最期の呪詛。
「――しまっ、全員伏せ――ッ!!」
アルスの叫びは、間に合わなかった。
音すらも置き去りにする速度で、赤竜の口から超高密度の熱線が放たれた。
『レヨン=デストリュクトゥール(破滅の光線)』。
避ける暇など、一瞬たりともなかった。
轟音と共に視界が真っ白に染まり、熱線の軌道上にいたエリスの身体を、容赦なき破壊の光が完全に呑み込んだのであった……
これからどうなるんだろう。エリスは大丈夫かな…




