力の差
勇者一行(勇者アルス・ヴォレオス・ノール、魔術師新庄四季、戦士レオン・エヴォリオス、僧侶マリーア・レ・ボリウス、シーフエリス・アリオール、賢者ジルクニフ・エドワルドの6人)が誰も踏破していない南の大迷宮97/100階層に潜る。四季の実力はまさか.....。この世界はダンジョンや迷宮、魔物を討伐して収入を得る冒険者が正式な職業としてある。その中で選ばれし勇者パーティーは大迷宮100階層に居るとされる、大魔王の討伐を目標として潜っていった。
これは過去の話。僕の『今』を形成した、悔しい過去の話。
「四季、起きろ。……四季!」
耳元で響いた低い声に、新庄四季は重い瞼を押し上げた。
視界に飛び込んできたのは、整った顔を珍しく歪めた勇者アルスの顔だ。
「……んー、あと五分。ジャポニアの布団は偉大だったなぁ……」
「今すぐ起きないと、その偉大な布団とやらに二度と包まれなくなるぞ。レオンが前線で押されている!」
アルスの視線の先、暗薄い洞窟の奥から、ピチャピチャと不快な這う音が響いていた。肉の焦げる臭いと、獣人戦士レオンの荒い息遣いが、湿った空気に混ざって漂ってくる。
「チッ、探知に引っかからなかった! ここの階層の魔物じゃない、空間転移してきた特殊個体よ!」
鋭い声を上げたのは、耳をピクリと動かしたシーフのエリスだ。
「エリス、右奥の影に中級障壁を張った。三秒耐えられる。マリーア、レオンの回復を!」
エルフの賢者ジルクニフが、流れるような動作で魔術を紡ぎながら指示を出す。
「はい! ――大いなる慈悲の光よ、癒やしを!」
マリーアの祈りと同時に、レオンの傷が淡い光に包まれた。
「ハハッ! 助かるぜ、ジル、マリーア! アルス、こいつの皮、めちゃくちゃ硬え!」
レオンの前には甲虫みたいな大型の魔物が昼寝の邪魔でもされたのか今にも突進してきそうなほど興奮している。よそ見しててよくわからないが、とにかくボス戦の最中であるようだ。大斧を構え直したレオンが、雄叫びを上げて再び闇へと突っ込んでいく。
リーダーであり、勇者であるアルスは、腰の聖剣を抜き放ちながら、未だに気怠そうに頭を掻いている四季を振り返った。
「四季。お前の『本気』、ここで一枚借りてもいいか?」
「はぁ……。アルス、僕の国には『労基』っていう素晴らしい概念がありましてね。……まぁ、早く終わらせて寝ますか」
四季がゆっくりと立ち上がり、その瞳に底知れない魔力の光が宿る。
怠惰な魔術師が、ようやくその重い腰を上げた。
巨大な顎を鳴らし、不快な羽音を立てる甲虫――『98階層主・リノセロス』が、まさにレオンを踏み潰そうとした、その時だった。
四季はただ、気怠げに右手を前に突き出した。
「――『心臓強奪』」
ボソリと呟かれた静かな声。
次の瞬間、空間が爆ぜるような音すらなく、「ギチ、ィ……」と鈍い呻き声を漏らした。
巨体がピクリと硬直したかと思うと、糸が切れた人形のようにドサリと地面へ崩れ落ちる。
直後、四季の突き出した右手から、ドクドクと大量の青い体液が滴り落ちた。その手のひらには、ベキベキに押し潰され、まだ微かに脈動している紫色の『魔核』が握られている。
「う、嘘でしょ……。あんなに苦戦してた98階層のボスを一撃……? それも、身体の内側から直接核を潰すなんて、どんな構造をしてるのよその魔術……」
探知系魔術のスペシャリストであるエリスが、その目に見えない魔力の奔流を察知したのか、顔を真っ青にしてへたり込んだ。
「ははっ、相変わらず無茶苦茶だな、四季は。俺の見せ場がねえじゃねえか!」
レオンは大斧を地面に刺し、豪快に笑い出した。その額からは青いヤツの血と冷や汗が流れている。
「障壁の構築速度、魔力の指向性、すべてが私の知るエルフの魔術をも超越している。中級どころか、神話級の業だぞ。」
賢者ジルクニフは乱れた髪の毛を直しながらそういった。そう、プランドル・ハートは本来、潜在能力の低い魔物にしか効果を成さない中級魔術だ。だから漁師や狩人がよく使う一般向け魔術なのだ。
「四季様、お怪我はありませんか? ……あ、お手元が大変なことになっていますね。すぐに洗浄の魔法を」
マリーアがお淑やかに駆け寄り、四季の衣服を汚した青い血を、神聖魔術の光で優しく洗い流していく。
アルスは聖剣を鞘に収めると、ふっと笑って四季の肩を叩いた。
「さすがだな、四季。お前がいなければ、全滅も覚悟していた。」
そんな謙遜を口にするアルスにお前は聖剣抜いただけだろと心の中で突っ込む。
「あー、手が汚れるからこの魔法嫌いなんですよね……。マリーア、ありがと。……アルス、クリアしたんだから、街に戻ったら一週間は僕を寝かせてくださいね……。」
あれほど靡いていた青いニゲラのような花は静かに萼が落ち、花の中心部がぷっくりと膨らみ、風船のようなラグビーボール型の果実になった。
四季は大きなあくびを噛み殺しながら、ドロップアイテムの山にも目もくれず、早くも帰還用の転移陣へと歩き出していたのであった。
この先一体何があるんだ?因みに四季が眠いのはいつものこと。




