喧嘩と始まり
赤竜の『最後の足掻き』をもらってしまった勇者一行。エリスはどうなったのだろうか…..。
凄まじい熱量が通り過ぎた後には、耳が痛くなるほどの静寂が残されていた。
赤竜の頭部は完全に灰となり、崩れ落ちる。
そして、エリスがいた場所には――何もなかった。
衣服の切れ端すら、塵一つすら残っていない。ただ、超高温でガラス状に融解した、赤黒い地面が不気味に光っているだけだった。
頭の中で不気味なクラシックが流れる。
「……え? エリ、ス……?」
マリーアが、信じられないものを見る目でその空間を見つめ、両手で口を覆った。
「嘘だろ……おい、エリス! どこに隠れてんだよ! 出てこいよ!!」
レオンが血を吐きながら融解した地面へと駆け寄り、素手で熱い泥を掘り返す。しかし、そこには何の生命の気配もない。
アルスは唇を噛み締める。そして、ジルクニフことジルさんは
「四季ッ……! 四季、頼む!!」
ジルクニフが四季の胸ぐらをつかみ、狂ったように叫んだ。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃに歪んでいる。
「お前なら……お前の魔術なら、時間を…命を…巻き戻せるだろ!? エリスを、エリスを生き返らせてくれ!! 頼む、何でもする、俺の命を代わりにしたっていい!!」
(ジルさんはエリスとだったもんね…)
アルスもまた、杖を握る手を血がにじむほど震わせ、縋るような目で四季を見つめていた。他2人も自分の無力さを責めていた。
ジルクニフは人一倍仲間思いで、責任感もある。何より仲間が欠けることなんてないという自信とそれを裏付ける実力が彼を確信させて、脳に洗脳されていた。それ故に、この結果は彼を人生で一番オカシクさせる。
ジルクニフは必死に懇願した。だが、四季の瞳は、恐ろしいほどに冷めていた。その瞳の奥には悪魔を宿しているかのように…..。
それを見てアルスは胸ぐらを優しく、しかし真剣な目で掴む。声は出さず目で訴えかける。しかし、四季は静かに首を横に振る。
「……無理ですよ、リーダー。時や蘇生の操作は『禁忌』だ」
その声には、いつもの優しい言葉は一切なかった。あるのは、世界の理を知る者としての絶対的な諦絶だ。
「仮に、僕がその魔術を強引に発動できたとしても……次の瞬間には、世界の『番人』
が裁きを下しにくる。エリス一人どころか、全員いなくなるのがオチです」
四季はアルスの手を優しく、だが拒絶するように外した。
「失われた命は、もう戻らない。……それが、この世界の絶対のルールです」
そう重苦しい言葉を勇者にぶつけた。
薄暗い南部地下大迷宮の97階層に絶叫と、押し殺した嗚咽だけが虚しく響き渡っていた。
あるのは崩壊寸前の勇者パーティーと、アルスの乾いた笑みだけだった。
そこからはトントン拍子だった。
地上に戻った彼らから、かつての固い絆も、最強と謳われた連携も、熱い士気も、完全に消え失せていた。
ただ義務感だけで集まる薄暗い宿の一室。そこにはもう、互いを信頼し合う仲間たちの姿はなかった。
「……これからの、方針だが」
アルスが重い口を開くが、誰も答えない。
ジルクニフは、体の中心を丸ごとくり抜かれたかのように、ただ黙って俯いていた。その目は焦点が合わず、虚空を見つめている。
だが――不気味だった。
ジルクニフは俯き、絶望の底にいるはずなのに、なぜかその口元だけが吊り上がり、奇妙な笑みを浮かべていたのだ。
「……おい」
その異様な姿に、真っ先に耐え切れなくなったのはレオンだった。
椅子の跳ね上がる激しい音が響く。レオンは一歩で距離を詰めると、ジルクニフの胸ぐらを狂暴な力で掴み上げた。
「何笑ってんだよ、ジルッ……!! エリスが…お前の最愛の人が死んだんだぞ!? なのに何で笑ってやがるんだよコラァッ!!」
獣人の鋭い牙が剥き出しになり、怒りと悲しみの涙がジルクニフの顔に滴り落ちる。
しかし、ジルクニフは掴まれたまま、力なく笑い続けるだけだった。その瞳には、かつて人々を統率した賢者の輝きなど微塵も残っていない。内側から砕け散ってしまったのだ。何もかも。
「レオン、やめなさい! ジルだって、ジルだって一番苦しんで――」
「うるせえ聖女気取りが! お前だってあの時、一番最初に光線から逃げたじゃねぇか!!」
「っ……!?」
仲裁に入ろうとしたマリーアの言葉を、レオンの罵声が切り裂く。お淑やかなマリーアの顔が、侮辱とショックで真っ白に染まった。
「……見苦しいぞ、レオン。誰のせいでもない。あれは不可抗力だ。八つ当たりはやめろ」
アルスが冷徹に、だがその声には明確な拒絶を孕んでレオンを睨みつける。
「あぁ!? てめえに何がわかる! 自分の聖剣が抜けなかった言い訳でも探してんのか!?」
「何だと」
怒気を孕んだ声。始まろうとしていた、その時。
「――もう、終わりにしましょう」
冷え切った、だが決定的な声が響いた。
マリーアだった。彼女は静かに立ち上がり、自らの聖印を机に置いた。
「私は、教会へ戻ります。……このパーティには、もういられません」
それを皮切りに、喧嘩の一途を辿っていた歯車は完全にバラバラになった。
レオンは殺伐とした宿の一角で吐き捨てるように部屋を出ていき、ジルクニフも無言で魔導書を手に取り、背を向けた。その背中は燃え尽きた、冷たく乾いた炭の塊のようだった。
重苦しい沈黙で溢れているこの部屋でアルスは僕に牛歩で近づく。
そして耳元で耳打ちし、僕を置いて宿を後にした。なかなか手間のかかる人だ。
こうして、かつて世界に名を轟かせた勇者一行は、呆気なく解散した。解散の手続きを行った時は、ギルド内は騒然としていてどこか同情気味な空気でもあった。
部屋の隅の特等席で、この一連の地獄絵図を最後まで、一度も喧嘩の輪に入ることなく、ただ深く、深くため息をついて
「これからどうすっかなぁ〜……。」
そう1人呟いて、この街「デジリュジオン」を離れるのだった。




