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1-1-8 王国の三権力

リアナはエグバート先生の講義室でノートを広げ、静かに準備を整えた。

やがて先生は講義台の前に立ち、いつも通り落ち着いた声で話し始める。


「さて、本日の講義では、王国の法と規制について話します。皆さんが研究者として魔法に携わる以上、法的な側面を理解することは避けて通れません。ここでは、我が王国を支える三つの主要な権力機関について解説します」


エグバート先生はゆっくりと講義室を見渡しながら続けた。


「まず、王国において最も重要な存在は、もちろん王宮です。女王はこの国の最高権力者であり、言わば法そのものでもあります。これは古代から続く統治の形であり、王家が魔法と血統によって王国を守ってきた歴史に基づくものです。

法は女王の意志によって施行されます」


リアナはペンを走らせながら、小さく頷いた。

女王の権威。それは王国の法律の教科書にも、必ず最初に書かれている言葉だった。


エグバート先生はそこで一瞬言葉を区切った。


「もっとも──現在は女王不在という、少々例外的な状況ではありますが」


講義室に一瞬だけ、わずかな沈黙が落ちた。


リアナは思わずペンを止めた。

そんなことを講義で口にしてもいいのだろうか、と胸が小さくざわつく。


次期女王選定の話題で王国中が盛り上がっている今、その言い方は少しだけ冷静すぎる気がした。王宮批判と受け取られかねない言葉だ。


エグバート先生はそこで一度言葉を区切り、リアナの方をちらりと見て微笑んだ


「とはいえ、王国の法体系そのものが揺らぐわけではありません。法はすべての決定は民にとって公平であるべきだ、という建前の上に成り立っていますが、最終的な判断は女王に委ねられます」


エグバート先生は何事もなかったかのように続けている。


「次に教団です。教団は王国において非常に強い影響力を持つ組織です。表向きは民を導く宗教機関ですが、その本来の役割は、法と民が神の教えに背かないよう監視することにあります。


もし法が教義に反する内容になれば、教団はそれを公然と批判し、場合によっては法の撤回を求めることもあります。また、異端とされる者を裁き、王国の秩序を保つ役割も担っています。


このため、教団と王宮の間には時折緊張関係が生まれます。もっとも、それが女王の権威を直接揺るがすものではありません」


教団と王宮の緊張関係。

リアナはノートの端に小さく線を引いた。教科書ではよく「均衡」と書かれているが、実際のところはどうなのだろうか。


「三つ目が企業連合です。企業連合は魔法エネルギーの供給をほぼ独占しており、それによって莫大な富を生み出しています。企業はその富を税として王国に納め、国家の運営を支えています。


ただし重要なのは、企業連合もまた王宮や教団に対して一定の影響力を持っているという点です。魔法技術の発展が生む富は王国全体に影響を及ぼし、戦争や経済政策の場面では企業の意向が反映されることもあります。


とはいえ、企業連合も女王の権威の下にある以上、完全な自由を持つわけではありません」


企業連合。最近ニュースでもよく聞く名前だ、とリアナは思った。魔法デバイスの開発競争も、確かその界隈が中心だったはずだ。


「そして最後に、魔法研究所。ここが私たちの属する機関です。


研究所は王国において中立性を求められる数少ない組織です。魔法研究は時に法律や規制に触れる可能性がありますが、その影響を最小限に抑えるのも私たちの役目です。


また、教団や企業からの圧力が生じることもありますが、それに左右されてはならない。研究所の使命は、王国の進歩と未来を支える知識を生み出すことにあります」


エグバート先生は、言葉にわずかな重みを込めて締めくくった。


リアナは少しだけ背筋を伸ばした。

自分たちの研究が王国の未来につながる──そう考えると、胸の奥がわずかに高鳴る。


「この三つの機関が互いに牽制し合い、王国のバランスを保っています。女王の権威、教団の教え、企業の富、そして研究所の知識。これらが組み合わさることで、我々の王国は成り立っているのです。


研究者として、法の背後にあるこうした力を理解し、適切に対応できるようにならなければなりません」


リアナは端正な字で講義内容を書き留めながら、ふと周囲に目をやった。

彼女自身はこうした地味なテーマも興味深く感じていたが、大半の学生には退屈らしい。


エグバート先生は一冊の書物を閉じ、ふっと眼鏡の奥で目を細めた。


「では……そこの君。今日の講義で重要だった点を、一つ述べてもらおうか」


講義室の後ろで、弛緩していた空気が一瞬で張り詰めた。

名指しされた男子学生は椅子を軋ませて立ち上がったものの、視線を宙に泳がせている。


「え、えっと……王国の、魔法、の、ええと……」


しどろもどろの答えに、講義室のあちこちからくすくすと小さな笑いが漏れた。


エグバート先生は表情を崩さずに言った。


「要点を押さえずに言葉を並べるのは、魔法式の設計ミスと同じだ。気をつけたまえ」


赤くなった学生は黙って席に腰を下ろした。

リアナは内心で小さくため息をつきながら、改めてノートを見直した。

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