表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/68

1-3-14 牛神の神殿

サーラとシェリーは、セレナの背を追い、なおも荒れ狂う風の中を進んでいた。だが、ある一点を境に、吹き荒れていた気流が不意に断ち切られる。風は嘘のように静まり返り、空間だけが取り残されたかのような奇妙な静寂が訪れた。


足を止めた二人の前方、揺らいでいた視界の奥から、一つの影が歩み出る。


それは、先ほど別れたばかりのセレナだった。


彼女は乱れのない呼吸のまま歩み寄り、その手には、鈍い光を帯びた籠手が確かに収まっている。嵐の中を抜けてきたとは思えぬほど、その佇まいには揺らぎがなかった。


「……間に合わなかったみたいね」


サーラは小さく息を吐き、肩の力を落とした。悔しさはあったが、それ以上に、結果を見せつけられたことへの静かな納得があった。


セレナは足を止め、二人を一瞥する。感情を押し出すことのない、乾いた視線だったが、その奥には、風を越えた者だけが持つ確かな手応えが沈んでいた。


「あなたたち、次へ向かうの?」


短く問う声音は、先ほどと変わらず淡々としている。


「ええ。次は鎧──『牛神の神殿』を目指すつもり」


サーラは頷きながら答え、わずかに言葉を探すように間を置いた。


「……正直、少しきついけど。それでも、止まるわけにはいかないから」


言葉は抑えられていたが、そこには疲労と、それでも折れきらない意思とが同時に滲んでいた。


セレナは一瞬だけ目を細める。ほんのわずかに、風の合間に見せたような柔らかさが過ぎる。しかしそれは長くは続かず、すぐに元の静かな表情へと戻った。


何も言わず、彼女は踵を返す。


振り返ることなく、そのまま去っていく背を、サーラとシェリーは黙って見送った。


やがて視線を交わし、小さく頷き合う。


進むしかないという結論は、言葉にせずとも共有されていた。


—-


「牛神の神殿」へと続く道は、それまでの試練とは明らかに性質を異にしていた。


踏み出した瞬間から、違和感はあった。


サーラの足取りが、わずかに鈍る。


次の一歩で、その感覚は確信へと変わった。身体の奥に沈むような重みが増していき、筋肉の動きそのものが遅れてくる。


まるで見えない重圧が、全身に積み重なっていくようだった。


「……何これ……」


声を出すだけでも負荷がかかる。息が浅くなり、呼吸のたびに胸が軋む。


「魔力の場……それも、外からじゃない。内側にかかってる……」


シェリーも同様に足を止め、荒い息の合間に言葉を返した。魔法で押し返そうとしても、力は拡散し、体内で増幅される重さに抗えない。


進もうとするたびに、負荷はさらに増す。


一歩が、二歩目へと繋がらない。


やがて二人は、その場に膝をつくしかなかった。


立ち上がろうとしても、身体が応じない。意志と肉体が乖離していくような感覚があった。


その時だった。


ゆっくりとした足音が、重い空気を踏み分けるように近づいてくる。


サーラは顔を上げる。


視界の先に現れたのは、一人の女性だった。


鍛え上げられた身体は、無駄な力みを持たず、重圧の中にあってなお自然に立っている。歩みは揺らがず、一歩ごとに地を確かめるような確信があった。


「……誰……?」


掠れた声で問う。


「カリナ……」


隣で、シェリーが小さく呟いた。


「知ってるの?」


「一度だけ……『天秤の鎖』の時に。でも、あの時とは……まるで違う」


その言葉通りだった。


以前の記憶にある姿とは、質そのものが変わっている。力の量ではなく、重さとの向き合い方が根底から異なっていた。


カリナは何も語らない。


ただ、二人の横を通り過ぎる。


サーラは無意識に目で追っていた。


その歩みには、重圧を打ち破る力ではなく、それを受け入れた上で前に進む確かさがあった。負荷は消えていない。それでもなお、彼女はそれを前提として動いている。


やがて神殿の入口へと辿り着くと、躊躇なく内部へと踏み入る。


奥に据えられた鎧の前に立ち、そのまま手を伸ばした。


次の瞬間、鎧は静かに光を帯びる。


拒むことも、試すこともなく──ただ自然に、彼女を受け入れるように。


その光景を、サーラとシェリーは動けぬまま見ているしかなかった。


「……また、何もできなかったね」


サーラの声は、静かだった。


悔しさはある。だがそれ以上に、自分たちが届いていない領域の輪郭だけが、はっきりと見えてしまった。


シェリーも言葉を返さず、ただ小さく頷く。


三度目だった。


立て続けに突きつけられた差は、偶然ではない。構造的な隔たりとして、二人の中に沈んでいく。


それでも。


「……次、どうする?」


かすかな声で、シェリーが問う。


サーラはしばらく視線を落とし、思考を巡らせていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。


「……『双魚の鏡』に行く」


迷いはなかった。


「『映神の神殿』。あそこに賭けるしかないわ」


それは、力で届かなかった先に対する、別の答えを探す選択だった。


二人は重い身体を引きずるようにして立ち上がり、再び歩き出す。


その先に何が待つのかは分からない。


だが、それでも進むという選択だけは、まだ手放していなかった。


ブクマでサーラたちの応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ