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1-3-13 拳神の神殿

サーラとシェリーは、荒れ狂う風の中を進んでいた。

渦を巻く気流は絶え間なく形を変え、弾丸のように無数の石礫を巻き上げては、容赦なく彼女たちへと叩きつける。風そのものが質量を帯びたかのように重く、身体を押し戻そうとする力が途切れることはない。


それでも二人は互いの背を預けるようにしながら、前へと進むしかなかった。

サーラは魔法で編み上げた防護を維持し続け、その表面で石礫を受け止める。シェリーもまた全力で術式を保ち、崩れかける均衡を辛うじて繋ぎ止めていた。


「これ……いつまで続くのかしら……」


荒い息の合間に、シェリーが絞り出すように言う。


「わからない。でも、この中を抜けなければ、籠手には辿り着けない……」


サーラは短く応じ、風の向こうを見据えた。視界は濁り、距離感すら曖昧になる。それでも足を止める理由にはならない。


そのときだった。


乱流の奥に、わずかに異質な気配が混じる。

砂塵の幕を切り裂くように、細く鋭い影が現れた。


風の中を、ひとりの人物が進んでくる。


その歩みは軽い。だが軽さとは裏腹に、揺らぎがない。

激しい気流に晒されているにもかかわらず、衣も髪も無秩序に乱れることなく、むしろ風の流れに沿って整えられているように見えた。


「……誰?」


サーラは思わず目を奪われる。


女は二人へと視線を向けた。その眼差しは刃のように鋭く、余分な感情を含まない。

無言のまま近づいてくるその動きに合わせて、周囲の風がわずかに流れを変える。従っているのではない。だが、逆らってもいない。


「あなたたち、ここで何をしているの?」


乾いた声が、風の合間を縫って届いた。


サーラは一瞬言葉を選び、すぐに応じる。


「『磨羯の籠手』を求めて、この試練に来たの。でも、この風が強すぎて、進めないのよ」


女はわずかに口元を緩めたように見えたが、その表情はすぐに消えた。


「力で押さえ込もうとしても無駄よ。この場ではね」

短く言い、視線をわずかに風の流れへと向ける。

「風を理解し、その流れに身を預ける。それができなければ、足止めされたままよ」


「風を……理解する?」


シェリーが戸惑いを滲ませる。


女はわずかに目を伏せた。

その奥に、一瞬だけ、過去をなぞるような影が差す。


「昔は、私も同じだった。力でねじ伏せようとしていた。でも、敗れて気づいたの」

ゆっくりと顔を上げる。

「風は支配するものじゃない。読み、受け入れるものだって」


その言葉には、実感が宿っていた。

サーラは黙って頷く。彼女の動き、その呼吸、その間合い――すべてが経験によって研ぎ澄まされたものだと理解できた。


「名前を聞いても?」


「セレナ。セレナーディア・アークウィング」


簡潔な名乗りだった。


シェリーはその名に、記憶を引き寄せる。

かつて『双児の双剣』を巡る戦いで、遠くから見かけたことがある──その程度の接点だったが、印象は残っていた。


互いに名を交わした後、セレナはふと問いを返す。


「あなたたち、さっきまで異国風の剣士と一緒にいたでしょう。あの子……槍を手にしたのね?」


「シオンのこと? ええ。彼女は……強かったわ」


サーラはわずかに言葉を選び、続ける。

「双剣を目指していたとは思えないほど、槍の扱いに迷いがなかった。初めから、それを手にしていたみたいに」


サーラの答えに、セレナの視線がわずかに細まる。


「そう……」

短く呟き、風の向こうを見やる。


「私も同じだった。力でねじ伏せようとしていた」


セレナは視線を風の流れへと滑らせる。

「二度、同じ過ちを繰り返したわ。三度目でようやく分かった」


その声音に迷いはない。


「風に操るのではなく、共にある。それが、今の私のやり方よ」


嵐がひときわ唸りを上げる。

天空から叩きつけられる石礫は、もはやただの飛来物ではない。風の魔力を孕み、鋭利な軌道を描く刃と化していた。


そのただ中へ、セレナは踏み出す。


一瞬の閃き。


彼女の拳が動く。

乾いた音が空気を打ち、飛来した岩が軌道を逸らされ、四方へと弾き散らされる。


「素手で……!?」


シェリーの声が揺れる。


だが、そこに力任せの気配はない。

拳の一打ごとに、空気が鳴り、風の流れそのものが書き換えられていく。


彼女は打っているのではない。

流れを読み、その帰結に触れている。


どこから石が運ばれ、どこへ抜けるのか。

その全てを見通したうえで、必要な一点にだけ干渉している。


「……風の中に、溶けてるみたい」


サーラが低く呟く。


セレナの視線は前を外さない。

迷いも、恐れもない。ただ、流れに沿いながら、同時に道を切り拓いていく。


風に導かれているのか。

あるいは──風そのものを導いているのか。


石礫の嵐の中を、ただ一人、確かな足取りで進み続けるその背。

サーラとシェリーは言葉を失い、その姿を見つめていた。


彼女の拳は、もはや肉体の延長ではない。

風の道筋を開き、世界の流れに触れるための、ひとつの技としてそこにあった。


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