1-3-12 穿神の神殿
サーラたちは「穿神の神殿」を目指し、険しい山道を登っていた。
空気は薄く、岩肌の露出した斜面は、わずかな踏み外しでも足を取られる。乾いた風が頬を撫で、呼吸のたびに胸の奥がひりつく。それでも彼女たちは歩みを緩めず、一歩ごとに足場を確かめながら、確実に高度を稼いでいった。
やがて、視界が開ける。
岩稜の先に、神殿の入口が姿を現した。
だが──そこには、予期していなかった障害があった。
「……塞がれてる?」
正面入口は、巨大な岩塊によって完全に覆われている。
自然に崩れたというよりも、外から押し込まれたかのような不自然な配置だった。通す意思を欠いた、明確な拒絶の形。
サーラは近づき、掌を岩へとかざす。
微細な魔力を流し込み、内部構造を探るが、反応は鈍い。むしろ、触れた魔力がわずかに引き込まれる感覚があった。
「……普通の岩じゃないわね」
額に滲んだ汗を拭いながら、サーラは低く呟く。
さらに魔力を集中させ、破砕の術式を試みる。しかし、力は散り、核心へ届かない。
「一点に集めても、押し切れない……」
彼女は岩を見据えたまま言葉を継ぐ。
「それに、この岩……魔力を吸ってる。流せば流すほど、手応えが抜けていく」
シェリーも岩へ視線を向けたまま、小さく息を吐いた。
「誰か、力を貸してくれれば──」
その言葉が途切れた瞬間、空気がわずかに変わった。
風の流れが止まり、周囲の音が一段沈む。
サーラの視界の端を、細い影が横切った。
振り返る。
そこに立っていたのは、異国の意匠を思わせる装束に身を包んだ少女──シオンだった。
余計な気配をまとわず、ただ静かに立つその姿は、場に溶け込むというより、空間そのものを引き締めている。
「あなたは……」
シェリーが声をかけようとするが、シオンは応じない。
ただ一歩、前へ出る。
シェリーは、かつて『双児の双剣』を巡る戦いで、彼女の敗北を見ている。
あの時のシオンは、力の鋭さに制御が追いつかず、踏み込みにも迷いがあった。焦りが技の端に滲んでいた。
だが今は違う。
重心の置き方、呼吸の間、視線の据え方──そのすべてが無駄なく収まり、ひとつの流れとして結ばれている。
荒さは削ぎ落とされ、代わりに、静かな圧が残っていた。
「少し、下がっていてくれ」
短い言葉だったが、拒む余地はなかった。
サーラとシェリーは自然と距離を取り、その背を見守る。
シオンは剣を持ち上げる。
その動きに呼応するように、空気が静まり、周囲の密度がわずかに変わる。呼吸が一度、深く落ちる。
踏み込む。
その一歩は小さい。だが、遅れがない。
「──はっ」
刹那。
突き出された刃は、視線で追うよりも先に、岩の中心へ到達していた。
音は遅れて訪れる。内部から弾けるような衝撃が走り、巨大な岩塊が中心から左右へと割れる。
破片が崩れ落ち、重い音を立てて地面を叩く。
わずかな時間のうちに、閉ざされていた道は完全に開かれていた。
シェリーは息を呑み、言葉を失う。
「……速い、なんてものじゃないわね……」
サーラもまた、その光景から目を離せなかったが、やがて視線をシオンへと向ける。
「あなた……すごいわ」
シオンは剣を納める。
わずかに息を整えた後、振り返った。その瞳には大きな感情の揺れはない。だが、奥に沈んだ決意だけが、確かに残っている。
かつては二刀であることに意味があった。
そのために積み重ねてきた時間があり、そこへ至る道筋こそが、彼女の在り方そのものだった。
──だが、その道は、すでに途絶えている。
もはや未練の揺らぎは見えない。
ただ、断ち切られたものの重さだけが、沈黙の奥に残っている。
それでもなお立っているという事実が、何より雄弁だった。
「この程度で驚かないでくれ」
短く言い、わずかに間を置く。
「私は……まだ、足りていない」
それは誇示ではなく、己への確認だった。
シェリーはその背を見つめながら、言葉にせず理解する。敗北を経て、彼女は何かを捨て、何かを選び取ったのだと。
「ありがとう、シオン。あなたのおかげで進めるわ」
サーラの言葉に、シオンは軽く頷くだけだった。
そのまま振り返ることなく、神殿の奥へと歩み出す。
サーラとシェリーは顔を見合わせ、続いてその後を追った。
彼女が何を越えてここに立っているのか、その全てはまだ見えていない。
だが、その背に宿るものが、もはや揺らぐことはないと、二人には分かっていた。




