1-3-11 魔法のダイス
サーラとシェリーは、次に向かうべき場所を決めかねていた。
宝瓶の壺を巡る一件を終え、ようやく息をつく余地は生まれたものの、残されたデバイスの存在が、思考の奥に重く残っている。
槍、籠手、鎧、そして鏡。
いずれも性質の異なる力を宿し、その扱いは一筋縄ではいかない。
「どれも……簡単には扱えそうにないわね」
シェリーの言葉に、サーラは小さく頷いた。
これまでの戦いを通して、自分たちの戦い方はおおよそ見えている。魔法を軸に組み立て、状況を読み、術式で切り抜ける。それが二人の基盤だった。
だが、残された選択肢は、明らかにその延長にない。
とりわけ、槍や籠手といった武具は、扱うための前提が異なる。
力の流し方、間合いの取り方、踏み込みの精度──いずれも一朝一夕で身につくものではなく、感覚だけで振るえば、むしろ隙を晒すことになる。
そのとき、不意に足元の影が揺れた。
「迷っているみたいだね、サーラ」
気づけば、黒猫のネフィリスがそこにいた。
何食わぬ様子で腰を下ろし、長い尾をゆったりと揺らしている。
「残っているのは、人馬の槍、磨羯の籠手、金牛の鎧、それに双魚の鏡──さて、どれを狙う?」
問いは軽いが、避けては通れない。
「人馬の槍か……遠距離攻撃が得意な人に向いているらしいけど、私たちは近づいて戦うのは得意じゃないし」
サーラがそう言うと、シェリーも続いた。
「それに磨羯の籠手も筋力強化とか、そういう力強い系のデバイスでしょ?ちょっと無理かもね」
ネフィリスは耳をぴくりと動かしてから、薄ら笑いを浮かべた。
「そうだね、僕も君たちがそれらを使いこなせるとは思えないな。特に双魚の鏡なんて、戦いにすらならないよ。
ただ未来を見る力があるとかいう話だしね。役立ちそうではあるけど……戦いの中でどう活かすかは別問題だ」
突き放した言い方ではあったが、否定はできない。
二人は言葉を失い、しばし沈黙が落ちた。
「……じゃあ、どうすればいいの?」
シェリーがぽつりと漏らす。
「悩んでる顔ね」
振り返ると、そこに少女がいた。
近づく気配すらなかったことに、サーラはわずかに眉をひそめる。
「ねえ、誰なの?」
シェリーが声を潜める。
「アリスティア。魔法の研究者らしいよ」
「ただの、じゃないわよ」
当の本人が口を挟んだ。
「レガシー魔法の探究者と言ってちょうだい。
古い魔法ってね、捨てられたんじゃないの。理解が追いつかなかっただけ。私はそれを拾って、今の体系に照らし合わせて再構築してるの」
彼女の手の中で、小さな立方体が光を受けてかすかに輝いた。
「決めかねているなら、これに任せてみたら?」
差し出されたのは、小さなサイコロだった。
「魔法のダイスよ」
「……ダイス?」
サーラは眉をひそめる。
「どこへ行くかは、運に任せるのも一つの方法。迷っているなら、このダイスが道を示してくれるわ。あなたに一番ふさわしい場所にね」
ネフィリスが、横で気のないあくびをした。
「まったく、そんなものに頼るのかい?サーラ、君らしくもない」
「……信用していいのか、少し迷うわね」
サーラの視線はダイスに向けられたままだった。
「私は好きよ、こういうの」
シェリーが静かに言う。
「全部決められるのは嫌だけど……少し先の流れが見える感じっていうか」
ダイスに触れ、指先でそっと転がす。
「選ぶんじゃなくて、“導かれる”っていうのも、悪くないと思う」
サーラはしばらく考え込み、やがて息をひとつ落とした。
「……わかった。試してみる」
アリスティアは満足そうに微笑み、ダイスを手渡す。
掌に乗せると、見た目以上に確かな重みがあった。
「投げるだけでいいの?」
「ええ、それで十分よ」
余計な説明はない。
サーラは軽く指先に力を込め、そのままダイスを放った。
石床に当たる乾いた音。
転がり、弾み、やがて静かに止まる。
その面が、淡く光を帯びた。
アリスティアがそれを覗き込む。
「……最初は人馬の槍。次が磨羯の籠手、その次が金牛の鎧── さっき話していた順番と同じね」
「へえ。都合のいい“偶然”だね」
ネフィリスは退屈そうに尾を揺らした。
「槍、籠手、鎧……」
サーラは小さく繰り返し、その並びを頭の中でなぞる。
違和感は、ない。少なくとも、進むべき道として受け入れられる。
「……これで行こう」
「決まりね」
シェリーが微笑む。
ネフィリスは一歩下がり、尾をゆるく振った。
「まあ、止めはしないさ。君たちがそう決めたならね。……せいぜい、運に振り回されないように気をつけることだ」
サーラはその言葉に目を向け、静かに頷く。
「心配してくれてありがとう」
ネフィリスは鼻で小さく笑った。
「心配?まさか。転ぶなら転ぶで、見ている分には退屈しないだけさ」
そっけなく言い残し、ネフィリスは影へと溶けるように姿を消した。
アリスティアはその後ろ姿を一瞬だけ見送り、二人に向き直る。
「それじゃ、行きましょう。次は人馬の槍──ね」
サーラとシェリーは視線を交わし、歩き出す。
迷いは消えたわけではない。
だが、進むべき方向は定まった。
その一歩は、先ほどまでとは確かに違う重みを帯びていた。
ブクマでサーラたちの応援をお願いします!




